《MUMEI》

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わたしの身体に異変が起こり、


生きていく時間に限りがあると、分かったとき、


祐樹は、わたしを捨てた。



いとも簡単に、


まるで世間話をするような気安さで、


《別れてくれ》と、


そう、言ったのだ。



「今さらのこのこやって来て、やっぱり傍にいたいだなんて、身勝手だと思わないの?」


わたしは冷たい目を祐樹に向けた。

祐樹に別れを切り出されたとき、わたしは泣いた。
身体中の水分が無くなってしまうのではないかと思うほど、何日も泣きつづけた。


彼のことを、本当に愛していたから。


彼に、わたしの苦しみを分かち合って貰いたかったから。


けれど………。


未来を無くした《恐怖》に苛まれていたわたしから、祐樹は去った。

絶望という名の暗闇の中で、わたしは今日まで、細々と生きてきたのだ。


ずっと、ひとりで。


わたしの台詞に、祐樹は苦しそうな目を向け、黙っていた。

お母さんは悲しそうに瞳を潤ませ、わたしと祐樹の姿を、交互に見つめていた。



重苦しい沈黙のあとで。



突然、祐樹が立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

わたしは少し驚いて、後ずさる。

すると。

祐樹は床に正座をして、両手を膝のまえにつき、額が床につくくらいに、頭を深々と下げた。

いきなり土下座されて、戸惑うわたしに、

祐樹は、大きな声で言った。


「悪かった」


祐樹の肩が、震えていた。
わたしは、彼の姿から、目が離せない……。

祐樹は頭をあげず、つづけた。


「百々子が消えるなんて、考えたくなくて、あのとき『別れてくれ』って言った。そうした方が良いと思った。お前の為になにもしてやれないのに、傍にいるのは辛いって思った」


声に、涙が混じる。
祐樹は相変わらず、頭をあげなかった。表情は見えないが、泣いているに違いなかった。

呆然としているわたしに、祐樹は「……でも」と、ぽつんと呟いた。


「別れてみたら、余計、辛かった」


そこまで言うと、祐樹はゆっくり顔をあげた。
泣き腫らした顔を隠すことなく、わたしに向ける。


胸が、軋むように痛んだ。


祐樹は、わたしの顔を見上げて、かすれた声で、つづける。


「傍にいたいんだ。お前の一番近くで……その気持ちに、嘘はない」







……………どうして。



どうしてこうなってしまうのだろう。



やっと、諦めがついたのに。



見栄もプライドも捨てて、



なりふり構わず土下座して泣き濡れるこの男を、



どうして、突き放すことが出来るだろうか………。



わたしは、どうしていいのかわからず、





上手く答えてあげることが、出来なかった………。





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