《MUMEI》 すれ違う気持ち. 台風が、日本に近づいていると、今朝方テレビの天気予報が言っていた。 なんでも、俺が住んでいる地方に、最も接近するらしい。 先程から、窓ガラスが風に揺れ、カタカタと音を立てている。 そのタイミングで。 百々子さんから、メールがあった。 《しばらく、会えない。》 それだけ。 とても短い文章だった。 メールを読んだ俺は、すぐに彼女に電話した。 「しばらく会えないって、どういうこと?」 尋ねると、百々子さんは淡々とした口調で答えた。 『そのままの意味だけど?』 冷たい言い方に聞こえた。 俺は納得出来なくて、さらに詰め寄る。 「理由を教えてよ」 百々子さんは疲れたようにため息をつき、面倒臭そうに言った。 『ちょっと、用事が出来たの。少し、時間がかかりそうだから、メールした』 「用事ってなに?」 間髪入れず、尋ね返した。やっぱり納得いかなかった。 彼女はまた、ため息をつく。 『わたしを訪ねて、知り合いが家に通ってくれる予定なの。だから、しばらくは家に居ようと思って』 「……知り合いって?」 立ち入ったことを聞いているのは分かっていた。けれど、どうしても口を止められない。 百々子さんは一瞬押し黙り、それから小さな声で、『キミの知らないひとよ』と、素っ気なく言った。 俺は、なんとなく、嫌な予感がした。 だから、呟いた。 「……まえに、公園で一緒にいた男?」 別に、根拠はなかった。 けれど、あのとき見かけたあの男が、不意に頭に浮かんできて、そう言った。 彼女は、なにも答えなかった。 それがかえって、肯定しているような気がした。 彼女は、『そういうことだから』と言って、電話を切ろうとする。 それを俺は止めた。 「いつまで、会えないの?」 沈黙が訪れた。 しばらく黙ってから、彼女は消え入りそうな声で、最後にこう、答えた。 『……今は、答えられない』 電話を終えたあと、俺は黙り込んだ携帯を両手で握りしめながら、ベッドの上で、ぼんやりしていた。 信じられない気持ちでいっぱいだった。 なぜ《会えない》なんて言うのか。なぜ急に態度を変えたのか。なぜ二人の約束を違えることをするのか。 なぜ………。 たくさんの想いが入り混じり、淀み、俺の胸を潰すようにのしかかる。 俺は視線を窓際に置かれた机に向ける。 散らかった机の上には、真新しい大きな封筒がひとつ。 先日、ドッグトレーナー専門学校の資料を取り寄せたのだ。 それを見つめていると、息が詰まり、苦しくなった。 …………どうすりゃいいんだよ。 苦しみは苛立ちに姿を変えて、堪らなくなった俺は、枕を掴み、乱暴にドアに投げ付けた。 窓ガラスが、風に吹き付けられて激しい音を立てた。 これから訪れる嵐を、予言するように。 . 前へ |次へ |
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