《MUMEI》

「こんなところでどうしたの?」


「鮎子……」

神部のお母様だ。


「いや……、偶然会ったから話してたんだよ。」


「携帯の電源消して?秘書の方がお呼びでしたよ。」

鮎子さんが淡々と修平さんに話している。
修平さんも鮎子さんの前では一人の子供のようだ。
鮎子さんに言われて、修平さんは急いで携帯に電源を入れ、店を出てゆく。


「何を頼んだのかしら?」

鮎子さんは修平さんの席に座り直す。


「お……オレンジジュースです。」


「じゃあ、私も同じもの頼もうかしら。」

鮎子さんがゆっくり笑顔を作る。


「は、はい。」


「主人には私からちゃんと言っておきますから。貴方も主人と関わらないで下さいね。」

変わらない笑顔が、怖かった。


「修平さんが、七生と外国に行きたいそうです。」


「そうね、良いんじゃないかしら。」


「外国……何処ですか?」


「貴方が知る必要はありませんから。七生さんに聞いてみたらどうかしら?」

あ、ちょっと神部のお母様の言い回し、神部に似ているような。


「聞けません。」


「お友達でしょう?」


「……聞けません。」

友達じゃないから。


「貴方も行きたいの?」

探られているんじゃないか、俺……感づかれた?


「はは、そんなこと。」

笑ってごまかす。


「私は日本に居たいわ。桜介と居ようと思うの、だから七生君にうちの人と同行して貰いたいわ。」

なんか、神部と差がついてるみたい。


「七生だって受験生です。」

そういえば、鮎子さんは七生にとって継母なんだ。


「同じ大学に入るなら時間を掛けてでも良い環境で学べる方が良いでしょう。いずれ、北条の跡継ぎになるのですからね。」

やっぱり、七生は北条家の人間になってしまった……。


「じゃあ、俺みたいな平々凡々な奴とは要られませんね。」

別の世界の住人なんだ。


「そうね。七生君には七生君の、貴方には貴方の生活があるもの。」

はっきりと言ってくれる。


「鮎子さんは七生のお母さんですよね……それにしては、七生に対する態度があまり好意的じゃないですよね。」

言ってしまった。


「義理の母よ、私はリサさんになれないわ。リサさんのような愛し方は私には出来ないもの。……私、婚約者だったのよ。リサさんとも会ったわ。」

つまり、本妻が愛人の子と同居しているのか。


「七生は、リサさんの記憶は無いですし鮎子さんを嫌ったりしません。」


「誰も嫌ったりしてないわよ?」

いけない鮎子さん、気分を害したかな。


「七生のこと、かわいいですか?」


「彼ってかわいいかしら?」

鮎子さんと話すと緊張感がある。

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