《MUMEI》 . …………これで、良かったのだ。 将太からの電話を、半ば強引に終わらせてから、 そう、自分に言い聞かせた。 最初から、間違っていたのだ。 わたしと、将太の立ち位置は。 先の短い人生を生きる、わたしと。 輝かしい将来が待つ、将太。 重なることのないふたりの道が、 なにかの手違いで、交差した。 それを、運命だと、 勘違いした。それだけ。 だから、これで良かったのだ。 「………百々子?」 不意に、祐樹の声がした。 わたしはゆっくり視線を巡らせる。 わたしの部屋のベッドで、祐樹はゆっくりくつろいでいた。 祐樹は柔らかくほほ笑み、尋ねてきた。 「難しい顔して、なに考えてるの?」 わたしは一度、瞬いた。 そんなに固い表情をしていたのだろうか……。 祐樹はほほ笑んだまま、つづける。 「悩みがあるなら、なんでも言えよ」 優しい言葉。 以前の祐樹だったら、考えられないくらい。 彼は、変わった。 昔はもっとテキトーで、だらし無くて、ひとの話なんて聞いてなくて、自分の欲望だけに忠実で。 他にも、 嫌なところはたくさんあったけれど、 そんな正直な彼に、 わたしは、夢中だった。 だから余計に祐樹は調子にのっていて、わたしのことを蔑ろにしたことも多かった。 …………それが、 今では、わたしのことを気遣い、たくさんの優しい言葉を投げかけてくれる。 理由は、はっきりしている。 わたしの命に、《終わり》が近づいたから。 わたしは祐樹を見つめて、それからほほ笑んだ。 「なんでもない」 祐樹は、やり直そうとしているんだ。 わたしが消えてしまったあと、 後悔、しないように。 悲しみに、押し潰されないように。 それで、祐樹の気が済むなら、 彼の傍に、居てあげよう………。 窓に風が吹き付けて、ガラスが大きく揺れた。 祐樹は窓へと視線を流し、「風、強いな……」とひとりごちた。わたしもその視線を追う。 空はどんよりとした灰色の雲に覆われていた。 それが、わたしの心と同じように思えて、少し、悲しくなる。 将太は、怒っているだろうか。 きっと戸惑っているだろう。 さっきの電話でも、納得していないような口ぶりだったから………。 −−−ゴメンね………。 「なにか言った?」 わたしの呟きに、祐樹は耳聡く尋ねてきたが、わたしは曖昧に笑って、ごまかした。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |