《MUMEI》

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朝、起きたら、昨日の台風が嘘のように、真っ青に晴れ渡った空が、窓から見えた。
夜中のうちに、台風はこの地域を通過したらしい。


ベッドに腰掛けて、その透き通る青に魅入られていると、ドアがノックされた。


わたしがドアに視線を向けたのと同時に、祐樹が部屋に入ってきた。

昨日の台風のせいで、祐樹は家に泊まったのだ。


「おはよう、百々子」


朗らかに笑う、祐樹。わたしも、ほほ笑み返した。

祐樹の足元を器用に避けて、ヒューが部屋の中へ現れる。

ヒューはなんだかご機嫌で、ベッドにいるわたしの足に纏わり付き、尻尾を激しく振っている。


「さっき、散歩に行ってきたんだ」


ヒューの頭を撫でているわたしに、祐樹が言った。わたしは顔をあげる。


「昔からいい子だよな、ヒューは。俺の言うこと、ちゃんと聞いて。引っ張られたけど」


「俺が散歩させられたみたいだ」と笑う。

良い運動になったでしょ?と、わたしも笑った。

それからヒューを見て、良かったね……と声をかける。ヒューは賢しげな黒い瞳をわたしに向け、大人しくしていた。

祐樹はしばらくわたしたちを見つめていたが、ふと思い出したように言った。


「いつも、近くの公園に散歩行ってる?」


わたしは視線を祐樹に向けた。《近くの公園》というのは、たぶん将太と遊んでいた場所のことだろう。

わたしは頷く。

すると、祐樹は「やっぱり!」と納得したような顔をした。


「ヒューがそこに行きたがってさ〜。昨日の雨で地面がぐちゃぐちゃだからダメだって言ったんだけど……」


わたしは瞬いた。

きっと、ヒューはその公園で、いつものように将太を待とうとしたのだ。


彼が、来ないことを知らずに………。


わたしはもう一度、瞬く。


「あそこで、よく遊んでもらってたの」


そう答えると、祐樹は眉をひそめた。


「だれに?」


わたしは言葉に詰まる。なんとなく、将太の話をするのは気が引けた。

結局、近所のひと、と曖昧に答える。
祐樹は特に興味がなかったようで、ふうん、と一声唸っただけだった。

それから、祐樹はドアを開き、ほほ笑む。


「朝メシ、出来たってお母さんが言ってた。早く降りて来いよ」


そうわたしに言ってから、ヒューに「おいで」と声をかける。ヒューは祐樹の方へ軽快に近寄り、ドアをすり抜けて出て行った。

閉ざされたドアをぼんやり見つめてから、わたしはまた、窓を見た。


夏の、青い空。

澄み切ったその色は、わたしの複雑な気持ちと正反対に思えて、辛かった。


外から微かに、蝉の鳴き声が、聞こえてきた−−−。



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