《MUMEI》 . 朝食を済ませて、自分の部屋に戻るとすぐに着替えた。 いつもなら、そこら辺にあるTシャツをテキトーに着るところだけど、 今日は、違う。 クローゼットを開き、手を伸ばす。 取り出したのは、見慣れた制服。 今日は、学校見学会だ。 プログラムに服装自由、と書いてあったが、 さすがに、私服で行く勇気はない。 洗い立てのワイシャツの袖に腕を通すと、ふんわり石鹸の香りがした。 不思議と、気持ちが引き締まる気がする………。 着替えを済ませた頃、1階にいる母さんの声が聞こえてきた。 「そろそろ出ないと、遅刻するわよー!!」 なんだかんだで俺のこと、心配してくれてるんだ。 そう思うと、少しだけ気が紛れた。 「今、行くって!!」 大声をあげて母さんに返事をしてから、俺は机の椅子に置いていたデイバッグを掴む。 …………さてと、 行くか!! 俺は、部屋を出た。 1階に降りて玄関に向かい、ローファーを履いているその背後から、母さんの声が流れてきた。 「忘れ物ない?電車間に合うの?駅まで車で送ろうか?」 俺よりそわそわしている母さんが可笑しくて、思わず笑ってしまう。 「へーき、へーき!!ガキじゃねーんだから」 軽い調子で返して、俺は立ち上がる。デイバッグを肩にかけて、母さんを振り返った。 「そんじゃ、ちょっくら見学してくる」 笑顔で言うと母さんも笑い、「いってらっしゃい」と今まで聞いたことないような優しい声で答えた。 玄関のドアを開けて外に出る。 容赦のない、夏の太陽の熱。 歩くたび、体力を奪われる。 −−−それでも、 心は穏やかだった。むしろ、ワクワクしていた。 俺の知らない新しい世界が、待ち構えているような気がして。 じきに、あの公園の近くに着いた。 なんとなく気になって、公園の中をちらっと見る。 いつもと変わらず、閑散とした広場。咲き誇る百日草。 −−−当たり前だが、 そこに百々子さんは、いない…………。 わかっているのに、彼女の姿を探してしまう自分が、ミジメで、カッコ悪くて、哀れに思った。 俺はため息をつき、公園から目を逸らそうとした、 そのとき、 一瞬、大きな木の影に、だれかがいるような気がした。 まさかと思い、俺は目を凝らす。 けれど、やっぱり気のせいだったようだ。人影など、見当たらない。木葉が時折風に揺れて、地面に作った影を、神秘的に揺らしていただけだった。 この期に及んで、 バカバカしい………。 自嘲気味に笑って、俺は歩きだした。まっすぐまえを見て、目を離さずに進む。 自分の夢に、近づくために。 . 前へ |次へ |
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