《MUMEI》
・・・・
 扉を激しく叩く音が鳴り響き、「アランさん、大変です」と一人の兵士の声が聞こえてくる。アランがヴィヴィアンへ顔を向けると、ヴィヴィアンは頷く。アランは承諾と受け取り扉の向こうにいる兵士に声をかけた。
 汗に塗れている兵士の息は荒く、肩を上下させ呼吸を整えることに必死の様子、駆けてきたことが窺える。火急の用があるのだろう、そう考えたアランは手に持った緑色に輝く石をポケットにしまい込み兵士へと寄る。
 「何かあったのか、話してみろ」
 「そ、それが昨夜、教会に賊が侵入したとの報告がありまして・・・。どうやら賊はハイム様の活動資料を盗み去ったようです」
 亡き恩人の名が上がり、アランの心は微かに揺らいだ。ハイムは彼を引き取ってくれ、実の息子のようにしてくれた。肉親同然の存在にまでなった人の全てを記した書物が失くなった、それは親の生きたひとつの証が奪われたことと変わりない。取り乱した気持ちを抑えつつ、平静を装う。
 「お前の話だけではわからない、まずは教会に急ぐぞ。それからだ」
 扉を開け、部屋を出ようとしてアランはふり返りヴィヴィアンの顔を見る。彼女はいまの会話を聞いていただろうに、顔色一つ変えず椅子に座っていた。
 「いってらっしゃい、きみが良い結果を出せるよう祈ってるわ」
 彼女なりの励ましを受け、アランは自信たっぷりな顔を作り、「どうも」と一言残し部屋を出て行った。

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