《MUMEI》 . ベンチに腰掛けたまま、しばらくぼんやりしていた。 公園にやって来てから、結構な時間が、流れていた。きっと、お母さんは心配しているだろう。早く帰ったほうがいい。 それでも、立ち上がることが出来なかった。 足が、動かない。 そんな力も、沸いてこない……。 目に見えない《悪魔》が、確実に、わたしの身体を蝕んでいるのだ。 そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。 残された時間は、 あと、どのくらい………? 尋ねてみても、答えてくれるひとは、いなかった。 ヒューは広場でクンクンなにかを嗅ぎ回っていたが、そのうちにそれも飽きたらしく、しまいには広場の中央で、だらし無く寝そべったまま動かなくなった。 ヒューはつまらない、と言わんばかりの表情でため息をつく。 そんなヒューを見つめながら、わたしはゆっくり目を伏せた。 鼓膜に蝉の合唱が響いてくる−−−−。 このまま、眠りにつきたかった。 そのとき、 不意に、女の子の声が聞こえた。 「こんにちは」 清々しい音だった。澄み切った青空を思わせるような、透明感のあるその声。 わたしは目を開き、振り返る。 そこには、女の子がひとり立っていた。 白いワイシャツに短くしたグレーのチェックのスカート。足元は紺色のハイソックスに黒のローファー。彼女の華奢な襟元にはえんじ色のネクタイが緩めに止めてある。 どこからどうみても、高校生。 しかも、 その制服に、なんとなく見覚えがあった。 今朝、見かけた将太が着ていたものと、共通する、グレーのチェック。 …………もしかして、 同じ、高校の子? 女子高生は、わたしのぼんやりした視線に臆することもなく、爽やかにほほ笑んだ。 「急に、声かけてすみません………ちょっと道に迷ってしまって」 そこまで言って、彼女は通学用のかばんから携帯を取り出し、いじりだした。 「……このお宅を探してるんですけどー」 言いながら、携帯のディスプレイをわたしに見えるように掲げた。 そこに表示されていたのは、 《中原 将太》 その名前と、電話番号とメールアドレス、そして住所。 わたしは呆然とする。 間違い、なかった。 . 前へ |次へ |
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