《MUMEI》 . ヒューが、走ってきたのだ。 目を輝かせて、俺の方を見つめて。 …………そして、 首輪に取り付けられた黒いリードを握る、その人影から、 俺は、目を離せなかった。 百々子さんでは、なかった。 彼女よりもずっと背が高く、がっしりしている、その影。 どうみても、男だった。 「待て!!ストップ、ストップ!!こけるって!!」 男はヒューに引っ張られながら、俺のところまで走ってくる。 ヒューは彼の悲鳴に気をとめず、俺だけをみつめて、長く美しい金色の毛をなびかせながら一心に駆けていた。 そのままの勢いで、俺に突撃する。 久しぶりのヒューの体当たりは、 まえと、ちっとも変わっていなかった。 ヒューは俺の足に纏わり付き、そのうち地面の上にゴロリと横になり、腹を見せた。 『撫でて』のサインだ。 俺が戸惑っているその横で、ヒューを連れていた男はあがりきった息を整えていた。 「ヒュー……おまえ、走りすぎ……」 肩を上下させながら、うんざりとぼやく。 男は明らかに、俺よりも年上だった。 彼は俺の顔を見て、「どーもすんません」と謝った。 「ケガとか、なかったですか?」 彼の質問に、俺は無言で頷いた。すると彼はホッとした表情を浮かべて、「良かった!」と呟く。 「こいつ、身体デカイでしょ?体当たりされると結構、腰にくるんだよね」 陽気に笑って見せる。 その笑顔を見つめながら、考えた。 ………この男は、 どうしてヒューを連れている? 百々子さんの、兄弟? 混乱している俺に、男はぺらぺらと話をつづける。 「それにしても、ずいぶん懐いてるなぁ。キミの姿を見て、一目散に走り出したんだ」 それから、間を置いて、 「ヒューのこと、知ってるの?」 と、尋ねた。 どう答えていいのかわからず、俺は黙り込んだ。 男は俺のことを不思議そうに見つめていたが、そのうち、なにか思い出したようにまくし立てた。 「もしかして、ヒューと遊んでくれてたって、キミのこと!?」 俺は驚く。どうして、その話を彼が知ってるのだろう。 . 前へ |次へ |
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