《MUMEI》 . 祐樹に起こされて目を覚ました。 まだ重い瞼を持ち上げると、ぼんやりした視界に祐樹の優しい笑顔がうつる。 「……来てたの?」 低い声で呟くと、祐樹は大きく頷いた。 「よく寝てるから、起こさなかった」 彼の返事に、わたしはゆっくり身体を起こす。ギシギシと身体のあちこちが痛んだ。 最近、ものすごい睡魔が襲ってくる。 何時間眠っても、それは解消されなかった。 部屋を見回して、ヒューの姿がないことに気づく。 「ヒューは……?」 ぼんやりと尋ねると、祐樹が「居間にいるよ」と教えてくれた。 「さっき、散歩してきたんだ。すっげー引っ張られて走らされたから、もー足ガクガク!」 「運動不足だな!」と、呑気に笑う。わたしも微かに笑った。 そこで祐樹は「そーいえば!」と急に声をあげた。 「散歩の途中でさ、偶然会ったんだけど」 わたしはよく理解出来ず、だれに?と気のない声で尋ねた。 祐樹は笑いながら、「まえ、言ってたじゃん!」と答えた。 「ほら、ヒューと遊んでもらってたっていうヤツ」 瞬間、 わたしの心が凍る。 今、 なんて…………? 固まっているわたしに気づかず、祐樹はつづける。 「なんか広場にいたらしくて、そのひとの姿を見て、ヒューがいきなり走り出してさぁ!目とかキラッキラさせてんの!!俺、立場ナシってカンジで〜」 アハハッと、祐樹は呑気に笑った。 わたしは口元に笑みを浮かべながら、戸惑っていた………。 −−−将太は、 どう思っただろうか。 見知らぬ男が、ヒューを連れて散歩しているところに遭遇して、 彼と、わたしの関係を、 どう受け取ったのだろう…………。 「…………ってた?」 わたしは俯きながら、小さな声で尋ねた。依然として笑っていた祐樹はわたしの声を聞き取れずに、「なんだって?」と聞き返してきた。 わたしはゆっくり顔をあげて、 祐樹を見つめた。 「そのひと、なんか言ってた………?」 わたしの問い掛けに、祐樹はほほ笑み、 「よろしく、って言ってたよ」 と、朗らかに答えた。 わたしは一度瞬き、そして俯いた。 …………『よろしく』、か。 当たり障りのない台詞だ。 当然か。 だって、将太には、 −−−あの、女の子が…………。 脳裏に、先日出会ったあの女子高生の姿が浮かんだ。 艶のある黒のロングヘアー。若くみずみずしい肌。しなやかで健康的な身体のライン………。 その、どれもが−−− わたしが失ったモノたちで、 彼女には、なにひとつ敵わないんだと思うと、 すごく、惨めな気持ちになった。 やせ細った骨のような指先を見つめていると、胸が苦しくなり、視界が滲んできて、顔をあげることが出来なかった。 そんなわたしの姿を、祐樹がじっと見つめているのを、感じていた…………。 . 前へ |次へ |
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