《MUMEI》

 「すいませんでした。所長」
帰り道
二・三歩先を歩くサキのシャツを、ライラが唐突に握りしめた
何を謝るのか、と振りかえろうした矢先に
背に彼女の額が当てられる
「どうした?」
振りむく事は出来ず、声だけで問うてやれば
「私、所長に酷いこと言ってしまって……」
人形術も人形師も嫌いだ、と
サキを目の前にそう居てしまった事への後悔に、ライラは顔を伏せてしまう
微かに肩を揺らすサキ
ライラへと向いて直ると目線を合わせるため膝を折り
頭を撫でてやった
「……所長、私もう子供じゃないです」
「バーカ。俺からしてみれば19なんてまだまだガキだ。大丈夫、俺は何も気になんてしてねぇから。だから、お前も気にすんな」
いつも通りのサキの声
普段なら子供扱いされる事を嫌うライラも、今この瞬間だけは素直で
サキの言葉に肩を撫で下ろした
「有難う御座います。……義兄さん」
照れる様な顔をして見せながら漸く笑ってくれたライラへ
サキも微かに笑って返しながら彼女の頭へと手を置いていた
「……気にすんな。お前は俺の妹だろうが」
感情なんてものは、抑え込むものではなく適度に他人へとぶつけるものだから
一度は思い切り持て余す感情を吐き出してしまえばいい
それでもし、他人の感情を汚してしまったとしても気にする必要はない
その他人もまた、別のだれかを汚しているだろうから
汚せる部分が無くなるまで、互いの感情で汚しあえばいい
「妹なら妹らしく、兄ちゃんに甘えてみせろ。な」
子供扱いするなと言われたばかりにも拘らず
サキはライラの頭をまた掻いて乱していた
だが文句はなく
されるがまま、その手に身を委ねていた
「おお前、久しぶりだろ。こんな風に誰かに甘えたのって」
「そう、ですね。何せ、忙し過ぎるものですから」
「……それ、もしかせんでも嫌味か?」
言われた事に少なからず心当たりがあるのか、サキは身を竦ませる
ライラの笑う声が僅か、すぐ後に聞こえ
「自覚はある様ですね、所長。それならこれからは少し自重なさって下さい」
彼女らしい、偉そうな物言い
サキは言い返す言葉が無く、苦笑を浮かべるしかない
「……何かその言い方だと俺が年中問題起してる様に聞こえるんだが、俺の気のせいか?」
「事実でしょう。でも」
言葉も途中に、ライラの手がサキの頬へと触れてくる
「またラング・ユーリを探るつもりなら、くれぐれもお気をつけて。無理はしないで下さいね」
結局、いつも最後は労わりの言葉
常に傍らに在って、自分を支えてくれる彼女の存在を
サキは心底有難いと感じられてならなかった
「わかった。無理はしねぇし、お前に心配もかけない。約束する」
これでいいだろ、とライラの小指に自身のソレを絡め交わす指切り
子供じみた、簡単すぎる約束
だがそれでも、ライラを安堵させるには充分なモノだった……

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