《MUMEI》
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 長年一緒に暮らしてきたモーリスですら、このように容易く引き下がるツヴィを見るのは始めてのことだ。いつも高圧的な態度で、人を人と思わぬ言動を貫いてきた父が、自ら身を引いたことに信じられないでいた。
 エドは物足りない気持ちではあったが、物は考えようと切り替えることにした。徹底抗戦にならなかったことで双方の体力は削られずにすみ、こうして無事、『乙女の嘆き(スウェール・セレム)』の真相を知ることができる。
 そう考えれば良いこと尽くめだと思え、喜びから破顔した。
 やっぱりカイルはやる奴だな。俺には出来ないことを平然とやってのけやがる。これだからこいつといるのは楽しくてやめられない。
 ツヴィが折れたのはカイルが持つ資質に圧され、屈服せざるを得なかったからだろう。エドはそう思っていた。
 しかし、それは少し違っていた。
 ツヴィが圧されたのはカイル一人にではなく、二人にだったからだ。
 エドはカイルが絶対的な強者だと言うことを知っている。
 カイルもまたエドが絶対的な強者だと言うことを知っている。
 そしてカイルは自身が強者であることを自覚していた。
 しかしエドは自身が強者であることを自覚していなかった。
 この違いは大きすぎる差である。
 だが無自覚であれ、エドからもカイルと同じオーラは放たれている。カリスマを持つふたりが共にいるからこそ、ツヴィは道を譲り、託したのだ。

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