《MUMEI》 「所長!?一体どうしたんです!?」 血に塗れたまま帰宅してきたサキ その酷い様に、ライラは当然驚きの声を上げる 何をどれほど問われても 口を開くのが最早億劫で 掛け寄って来たライラを手荒く抱きよせ彼女のその細い身体に全てを委ねる 「何か、あったんですか?」 明らかに様子のおかしいサキに、ライラの胸中に不安が過った 「所長、コウ君と一緒に行きましたよね。コウ君は……」 「……ってかれた」 「え?」 「持ってかれた。何でなんだよ。何でアイツが……」 ライらに縋りつき泣き崩れる自身が余りに惨めで まさか、と問うてくる声に返す事が出来ず、肩ばかり揺らす ソレが返答 ライラの眼が見開いた 「10年前と何一つ変わってねぇ。今度こそ、守ってやるって決めたのに……」 「義兄さん……」 全ての始まりは10年前、思い出すも忌々しい過去 その日、軍の総本部にてとある実験が執り行われる事になった 人形術によって造られた、人形兵器の軌道実験 事は順調に運び だが最後、魂・意思を植え付けた瞬間にそれが暴走を始めてしまい その場に居た観衆の多くの命が奪われていった サキの妻でライラの姉であるイリアと、生まれたばかりの子供の命も そこに居合わせてしまったが為にどちらも呆気なく失ってしまったのだ 辛い現実に泣き崩れるサキへ 実験に失敗と犠牲は付き物だと言い放ったのはドラーク あらゆる権力を駆使し、その実験そのものを、そして最悪の結末を跡形もなく消し去ってしまったのだった 憎かった、それ以上に悲しかった 負の感情ばかりに支配されてしまったサキが次に取ってしまった行動こそ 人形術最大の禁忌である人体生成 自身の左腕を媒体に、二人の肉体・魂を生成しようと試みた 多量の血液をそれに費やしてしまったせいか 最後まで見届ける事がないまま意識を失ってしまい 次目覚めた時には医務室のベッドの上 起きて上がると同時に幼かったライラが腕の中へ 事の大凡を聞かされたのか、肩を大きく揺らしながらひたすらに泣きじゃくっていた そして聞かされた、人体生成の成功 だが成功したのは子供のみで 妻の方は形にすらなっていなかったらしく 涙が、止まらなかった 悔しくて、辛くて、悲しくて 様々な想いが胸中で複雑に混じり合っていた 顔を布団へと埋めなくサキの前へ ライラは腕に抱えていたものを差しだしてきた ソレは一人の赤子 自身の子供だと、すぐに気付いた 失われた筈だったモノの一つがすぐソコにある事が嬉しくて 無傷な右手で赤子を抱きしめていた 踊って来た温もり 二度と手放す事も、傷つける事もしないと誓った それなのに 「……テメェのガキ一人も守れねぇなんて、情けねぇ大人だな。すげえみっともねぇ」 「……止めて下さい。そんな風に言ううの」 「イリアも、そう思ってんだろうな。(どうして、守ってあげなかったの)って」 「止めて下さい!!義兄さん!」 強く抱きしめられ 驚きに、喉の置くが引き攣った様な音を立てる 「……もう、自分を責めないで。義兄さんは傷つき過ぎです。どうして全てを一人で抱え込もうとするんですか?何の為に私が居ると思って……」 少しでいいからその辛さ、罪の重さを分けてくれれば 支える事も出来るのに 全てを一人で抱え込んで ソレは自分を傷つけるしかないと解っていたのに 他人に頼れない、不器用で臆病なこの男を、ライラは今も昔も抱きしめてやるしか出来なかった 「何も、何も出来ないなんて私悔しいです。でも、傍に居ます。だから、少しは私に寄りかかって下さい。受け止める位出来るんですから……」 これ以上一人だけで傷ついたりしないで欲しい、と切に願う 「……取り敢えず、手当てしましょう。ソレが済んだらもう休んで下さい。今日はちゃんと家に帰って下さいね。私、送りますから」 返事を聞く事もせず手当を始め サキを車の助手席へと押し込むと家路へと着いたのだった…… 前へ |次へ |
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