《MUMEI》
4
 翌日、いつにも増して寝起きが最悪だった
頭痛が酷く吐き気がし、全身が気怠い
起きるなりトイレへと掛け込んで
何も入ってない胃から吐いて出てくるのは黄色い胃液だけ
不味い酸味が後に残り、口直しにとビールを無理やりに飲み込んでいた
飲みきらない内に横から伸びてきた突然な手に缶が攫われる
「朝から、何を飲んでいるんです?」
そちらを向いて見ればライラが居て
サキから奪い取った缶ビールを流しに置くと
溜息一つで台所にて何かを作り始めた
「ライラ……。どううした?こんな朝っぱらから」
「朝食を作りにきただけです」
座って待ってて下さい、と有無を言わさず椅子へと座らされた
そして眼の前に出される玉子粥
一口食べると、柔らかな卵の味が痛んで仕方のない胃を優しく撫でていって
安堵に溜息が洩れる
「……赤子の鳴き声が聞こえる」
サキの唐突な呟きに、ライラは何の事かと向いて直る
食べる手は止める事はせずに、サキは右手で隣の部屋を指差した
「隣の夫婦に子供が生まれたらしくてな。男と女の双子だそうだ」
「義兄さん……」
「3ヶ月、可愛い盛りだな」
僅かに笑みを浮かべ、そんな自分に驚いた
こんな状況でもまだ笑えてる、と
「……赤子ってのは不思議なもんだ。生まれたばっかでも自分が一番安らげる場所をきちんと理解してる。だから駄々こねてあんな風に大泣き出来るんだろ」
聞こえるそれに懐かしさを覚えながら
サキは微かに肩を揺らした
安心出来る筈の腕の中、そこで穏やかに眠る我が子
多くを望む事をせず、唯平穏な生活をと願っていた
それすら手に入れる事は叶わなかったが
「ライラ」
「何ですか?」
「……コウの奴を愛してくれて、ありがとな」
本来なら在る筈のない存在
自分勝手な感情に流されでっち上げた偽りの命だというのに
ライラは唯純粋に、子供を愛してくれていた
失ってしまった妻と同じように
「……だって、コウ君は私の甥っこなんですよ?当然じゃないですか」
言いながらライラはサキの傍らへ
歩み寄ると、座ったままのサキの身体を強く抱きしめていた
「ライラ?」
「取り返しに、行きましょう。あの子を守れるのは父親である義兄さんしか居ないんですから」
優しすぎる言葉、見せてくれる笑み
それが壊れかけるサキの胸の内を何度救ってくれたことか
「……もう二度と、手放すなんてダメです。あの子にも、義兄さんにも、もう傷付いてほしくありません」
自身の言葉に途中から照れ、顔を赤くするライラ
その髪をサキの手が柔らかく梳く事を始める
言葉で言うより分かりやすい、サキの感謝の意だった
「……当てはないが探しに行くか」
ライラの言葉に後押しされるかの様に
取り敢えずは外へと表戸に手をやった、次の瞬間
勢い良く、その戸が開かれた
「サキ、居るか!?」
飛びこむ様に室内へと入って来たのはゴーリィで
開かれた戸は勢いを失う事はなく、戸の前に立っていたサキの顔面を打ちつける
その痛みに蹲るサキへ、だがゴーリィは気に掛ける事もなく
「サキ!ちょっと来い!」
それだけを怒鳴り、サキの襟首を掴み上げ外へ
一体何事かと訝しめば
「……ラングが、殺された」
告げられた、突然すぎる事実
流石のサキも驚きを隠せず、どういう事かをつい問うた
「……お前の報告でラングの家に改めて家宅捜索に昨日改めて入ったんだが、そこで地下室で死んでいるラングが発見された」
「死因は?」
「出血多量だ。監察医の報告によるとな、死体には血が一滴も残ってなかったらしい。明らかに、普通じゃねぇだろ」
どうする?と視線だけで問うてくるゴーリィへ
考え込んでしまったサキ
暫く後、サキは徐に自身の手の平に携帯しているカードナイフにて深く傷を掘った
右の手の平に出来る血溜まり
眺めていると、その朱の奥に何かが見え始める
見えたソレは軍の総司令本部
以前見せられた巨大な人形を前に、ドラークと少女が何かを話しているのが見える
二人の接点は人形術
だがその目的は見る限りで解る筈もなく
「何だ?これ」
見えるソレにサキの手をまじまじ眺めながらゴーリィは驚くばかりで
無言で見ていたサキは、徐にゴーリィの胸ポケットから彼が乗って来た短車の鍵を取って出した
「借りるぞ」

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