《MUMEI》

店員の視線をできるだけ避けながら、ユウゴは用意された車の後部座席に乗り込む。
店員はそんなユウゴの様子も不審には思っていないようで淡々と作業を終え、織田が運転するレンタカーが走り出した。
ミラー越しに頭を下げる店員の姿が見える。
ユウゴはその姿が見えなくなると大きく息を吐いて体の力を抜いた。
「だから、気張りすぎなんだよ。おまえは」
助手席に座ったケンイチが馬鹿にしたような笑みを浮かべて振り返る。
「一般人は、まさか自分の近くに手配犯がいるなんて思ってないんだから。気付かないって、普通」
しかしユウゴはそんなケンイチを無視して窓の外を眺めた。
賑やかな街の様子が流れていく。
そこにたむろしている人たちは平和そうな顔をしている。
日々のストレスはあれど危機感はない。
そんな様子だ。
もうすぐ次のプロジェクトが始まるのだろう。
その舞台はもしかしたらこの街かもしれない。
その時、彼らはどうするだろう。
今まで当たり前のように過ごしていた日常が地獄へと変わった時、彼らは絶望するだろうか、それとも立ち向かっていくだろうか。
もし立ち向かっていくのなら、ユウゴが今しようとしていることを理解してくれるだろうか。
それとも無駄なことだと馬鹿にするだろうか。
そう思った時、ユウゴの脳裏にある二人の顔が浮かんだ。
「あいつら、生きてるかな」
呟いたユウゴの声は低く響くエンジン音に紛れていった。

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