《MUMEI》 . そして、静かに言う。 「はやく帰ろう………ちょっと、疲れちゃった」 お母さんはやっぱりなにも答えなかったけど、アクセルを強く踏み込んだ。 車が、スピードをあげる。 歩道を歩く将太たちを、追い抜く。 わたしは最後にもう一度だけ、彼らを見た。 −−−その瞬間、 エンジン音に気づいたのだろうか。 今まで正面を見つめていた将太が、わたしが乗っている車を、振り返った。 目が、合ったような気がした。 けれど、それも一瞬のことで、 車は、勢いよく二人を追い越していく。 わたしはサイドミラーを見た。 将太は、わたしの車を、じっと見つめていた。なんの関心もない瞳だった。 気のせい、か………。 わたしはミラーから目を離し、ゆっくり瞼を閉じると、自嘲気味に笑った。 家に帰って薬を飲み、少し休んだら、気分が良くなった。 さすが麻薬。 楽しいことなんかなにもないのに、不思議とテンションが高くなる。 わたしは適当に着替えて、ヒューを呼んだ。 そして、居間にいるお母さんに声をかける。 「ちょっと、散歩に行ってくる」 わたしの台詞に、お母さんは良い顔をしなかった。心配してくれているのは、わかる。 でも、わたしには、時間がないのだ。 こうやって、ヒューと一緒に過ごす時すら、 限られている。 わたしはお母さんを振り切り、ヒューを連れて家を出た。 外は、ずいぶんと秋めいていた。 あのうだるような夏の日々が、夢だったみたいに。 程なくして公園に着くと、 足を、止めた。 信じられない気持ちでいっぱいだった。 いつも、座っているベンチに、『先客』がいた。 ………これは、夢? それとも、幻?? もう、どちらでもいい。 だって、今、 間違いなく、目の前のベンチにいるのは…………。 その『先客』は、わたしの姿を見つけると、ゆっくり立ち上がった。 わたしの方をじっと見つめ、 そして、懐かしい声で、言うのだ………。 「やっぱり、納得いかないんだ………」 わたしは瞬いた。 ヒューは、『先客』の姿を見て、嬉しそうに尻尾を振る。 そのひとは、わたしを見つめたまま、つづけた。 「なんで、『会えない』なんて言うんだよ」 わたしは答えなかった。 そのひとは、苦しそうに、言った。 「俺は、ずっと、会いたかったのに……」 …………ああ、 それが、すべてだ、と、 わたしは思った。 …………わたしも、同じ。 ずっと、ずっと、 キミに、会いたくて、 しかたなかったんだ……………。 . 前へ |次へ |
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