《MUMEI》

手の平でそれを弾ませて見せながら一言
返事を聞くより先にその場から走り出した
目的のそこへはさして時間も掛らず到着し
やはり見るに不愉快な古巣を睨め付けながら短車を降りた
重々しい扉を開けば、目の前には異様な世界が広がる
壁という壁を埋め尽くす人形の四肢
知らぬ人間を警戒してか、その全てが不気味に蠢く事を始めた
「随分といい趣味してやがる」
憎々しげに舌を打つと歩く脚を一旦止め
一つ深い呼吸をした後
サキは唐突に脚を回し、人形の群れを蹴って散らしていた
「……酷い事をするものだな」
そのサキの背後からの声
ゆるりと身を翻せば、そこにドラークの姿が
睨めつけてやれば、だがすぐにドラークの視線はサキの手の平
未だ血を流し、床に血溜まりを作るソレを見、微かに笑んで向けてくる
「……あの人形の内にある自らの血で私達を見ていたという訳か。やはりお前は……」
「テメェ、何が目的だ?」
明らかに常軌を逸しているドラークへと問えば
その問い掛けがさも意外だという表情で
「何が、だと?以前にも話しただろう。空の器があるから、と。私はあれを使い神を作り上げたいのだよ」
神を造る
そんな馬鹿けた理想を聞かされて
呆れて最早返す言葉もないサキは、少女の所在を問う
「あの方なら奥だ」
付いてくるといい、と促され長い廊下を奥へ
戸が眼の間に現れ、それを開けば
その中は更に人形で溢れ返っていた
「……やっと来たね、所長。待ってたよ」
向けられるコウの声、口調
だがその全てが偽りで
サキは懐から銃を取って出すと銃口を少女へと突き付けた
「……俺を、撃つの?所長」
挑発する様な物言いに、返してやる様に銃声が響く
弾は少女のすぐ間横を掠め、壁の一部を撃って砕いていた
「そんな恐い顔しないでよ。……そうだ。いいもの見せてあげるから、機嫌なおして」
にこやかに笑いながら、ドラークへと目配せをする少女
ソレを合図に、薄暗かったそこに照明が付く
そして漸く、その部屋の中に何があったのかが理解できた
以前、ドラークに見せられた人形
唯一、違うのは人形の頭部に飾られている銀色のチェーン
微かに揺れるソレをまじまじ眺め、直後にサキの眼が見開いた
「……何で、アレが此処に……?」
見覚えがあったソレは
かつてサキが妻へと送ったもの
何故、そんなものを今此処で見るのか
ソレが不可思議でならなかった
「……オジさんは、昔此処で大切なモノを(二つ)失くしたよね」
驚くばかりのサキへ、少女の声が勝手に語る事を始める
思い出す事すら憚られる過去の出来事
今更改めて聞きたくもないソレを
少女は強制的に聞かせるため話す事を続ける
「一つは大切な赤ちゃん。そしてもう一つは……」
「やめろ!」
その先は、聞いては嫌いけない気がした
嫌な予感しか脳裏を過らず
そしてその事実を知らされ、現実として突きつけられることが何よりも恐しく
身体が情けなく震え始めた
「……お嫁さん、造るの失敗しちゃったんだね。オジさん、沢山傷付いて、沢山頑張ったのに」
「言うな」
「でも、大丈夫だよ。お嫁さんは、ちゃんと(今)を生きてるから」
少女の指先が人形にふれながら
聞きたくなどない最悪な事実
それだけはあってほしくないと切に願っていたのに
現実は常に彼に残酷な仕打ちしか成さなかった
「……このお人形ね。お嫁さんの成り損ないからドラーク君が造ったの」
可愛いでしょ、と笑う声もサキの耳には入らない
平穏を望めば望むほど、それを傍らに置いておく事は出来ずに
唯傷つくばかりで
「……もう楽になろ。この子がオジさんを苦しめるもの全てを壊してくれる」
手首を掴まれ、手の平を人形へと押しつけられた
感じる違和感
触れた其処から全てが崩れていきそうな気がして
すぐ様手を離した
離した直後
人形の咆哮が、突然その場に響き出した
言いたい何事かと、少女を除く皆が驚き
人形へと向き直れば、その巨大な手が唐突にドラークを捕らえてしまう
「な……!一体、何事だ!?」

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