《MUMEI》

.




前々から、気づいてはいた。



将太が、わたしに恋心を抱いていることに。



そして、わたしも、



それに応えたいと思い始めていたことに。




…………けれど。




わたしには、もう時間が、ない。


だから、無理なんだ。


わたしには、祐樹がいるし、


将太には、あの女の子もいる。


今さら、胸の奥にくすぶるこの想いを吐き出したところで、



なにも、変わらない。



わたしに残されているのは、



僅かな、時間だけなんだ。





わたしの言葉を聞いた将太は、黙り込んだ。

ただ、目を大きく見開いて、わたしを見つめ返す。



最初から、こう言うべきだった。



『しばらく会えない』だなんて、曖昧な台詞で流そうとするのではなく、


はっきりと、伝えるべきだった。


無駄な期待を与えた分だけ、


後から返ってくる、その仕打ちが、


酷く、残酷なものになるのだから。





…………これで、終わり。


わたしと、将太の、


この中途半端な関係が、


完全に終わる。


もう二度と、こうやって、


見つめ合うこともないし、


笑い合うこともない。


『昔に戻った、それだけ』


そんな古い歌が、あったけど、


今のわたしたちを、表しているみたいだ。





わたしは、彼から目を逸らした。もう、話すことはないから。

今日、ここで、こうやって会えただけで、

充分だったから。


しばらくの沈黙のあと、


突然、将太が、「なんで……」と呻くように、言った。



「俺、それでも構わないよ……」



わたしは瞬き、それから彼を見る。

将太は、まだ呆然とした顔つきのままで、わたしを見つめていた。


「俺も、同じ……百々子さんともっと一緒にいたいし、近づきたい」


わたしは眉をひそめた。

彼はゆっくりほほ笑み、それから言った。


「同じこと考えてるのに、うまくいかなくなるのは、やっぱり変だよ」


そう言い切ると、将太は立ち上がった。

夜空を見上げて、爽やかに言う。


「百々子さんの気持ちが俺になくても、それでも『会いたい』と思ってくれているなら、それだけで充分!」


潔い、言い方だった。

その言葉が、胸に染み入る。

気をゆるせば泣き出しそうで、わたしは必死に高ぶる感情を抑えながら、目の前の清々しい青年の姿を見つめていた。




.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫