《MUMEI》 . …………もう、充分だった。 百々子さんが、俺に『会いたい』と思ってくれていたことだけで、 からっぽだった、胸の中が、 一瞬で、満たされた。 俺は、ゆっくり百々子さんを振り返る。 薄暗いので、表情はよく見えないけれど、 でも、真剣な目をしていることだけは、わかった。 俺は笑う。 「また、会おうよ、この公園で」 俺の提案に、彼女は首を傾げた。 俺はほほ笑んだまま、続ける。 「いつもの時間に、この場所で、さ……学校始まっちゃったから、土日だけになっちゃうけど」 彼女はなにも答えなかった。それでも、もう引き下がる気はさらさらなかった。 俺は一度瞬き、そして言った。 「今度の土曜日、待ってるから」 それだけ言って、ベンチの脇をすり抜ける。一度も振り返らなかった。 公園を出ようとしたとき、 彼女の声が、聞こえた。 「わたし、来ないかもよ?」 俺は足を止めて、 振り返った。 いつの間にか、百々子さんはベンチから立ち上がり、俺の方を見つめていた。 彼女は真剣な目を俺に向けて、繰り返す。 「来ないかもしれないよ?すっぽかすかもよ?そしたら、キミはどうするの?」 固い、抑揚だった。 なにかを必死に堪えているような、そんな悲痛な響き。 俺は百々子さんを見つめ返し、 「簡単だよ」 はっきり答えた。 「百々子さんが来るまで待つ。それだけだよ」 俺の台詞に、彼女は信じられないという顔をした。 その表情を見てから、 俺はまた、顔を背けて、 暗がりの中を、まっすぐに歩き出した。 もう、迷わない。 そう誓いながら−−−−。 . 前へ |次へ |
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