《MUMEI》

カメラが回っている以外は気まずい空気が漂い、息が詰まりそうだった。
そして、撮影も中盤に差し掛かった時だ。

「止めろ……」

監督がカメラを止めた。
光が、友人に昏昏と説教されるところだった。


「殴った方が良いな、光、殴り返せ。けど、お前は弱い、いいな?」

目茶苦茶な注文だ。光は黙って頷く。


「待ってください!」

突然の変更にまだ役者も周りも理解出来ない。


「……出来ないの?」

光は[自分なら]出来るというように意味深な笑いを浮かべる。
それが起爆剤となり、相手の役者を本気にさせた。
ここを撮り始めた辺りからの違和感はそれだ、光や監督に対する疑心や苛立ちが、いつの間にか蔓延してそれが作品にまで影響していたのだ。
カメラがもう一度回る頃には、全く別の壮絶なる光景があった。
互いに容赦無い、殴り合いだ。光が床に捩伏せられ、頭に受けた衝撃でか、思うように反撃が出来ない。
両手に力が入らず、声にならない呻きが聞こえ、完全に光は劣勢になった。

顔面に、拳が向かって来る。

思わず止めに入ろうとした時、カメラが止まり、光の頬を掠めて床に拳が突き刺さった後、静寂が数秒間支配した。


「……っくしょう!」

光に飛び掛かった俳優は肩を震わせ叫び、立ち上がる。


「ありがと、板場さん。」

光が床に寝そべったまま、にやりと笑う。

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