《MUMEI》 . −−−はやく、終わらせなければ、と思った。 わたしは自分の部屋でベッドに腰掛けながら、窓の外を眺めていた。 夕暮れ時の空は、薄紫色に覆われていて、とても神秘的だった。 わたしは、じっとしていた。 ただひたすらに、待っていた。 もうすぐ、ここへやって来るひとと過ごす、 最後の時間のために。 突然、部屋のドアが、ノックされた。 わたしは視線を流す。 わたしの返事を待たずに、ドアノブが回り、 ドアが、ゆっくりと開かれる。 わたしは、そちらを見つめた。 そこには、スーツ姿の祐樹が立っていた。 いつものように、柔らかくほほ笑んで。 「よっ!!百々子、具合どう?」 祐樹は呑気な口調で、そう声をかけてきた。わたしはほほ笑む。 「まあまあ、かな」 わたしの返事に、祐樹は「そっかぁ」と呟いて、部屋の中に入る。 彼は大きく伸びをしながら、言った。 「今日は仕事がはやく終わって、ラッキーだったよ」 呑気な、台詞。 なにも知らない祐樹は、とても陽気で、 それが、とても滑稽に見えた。 …………そう。 彼はなにも知らない。 今日、わたしが、 彼に、なにを言おうとしているのか。 「薬、飲んだの?」 ふいに、祐樹が聞いてきた。 わたしは瞬く。 薬は、午前中に飲んだ。 でも、身体は痛かった。 薬が切れてきたのだろう。 少し、身じろぐだけでも、身体中の、あちらこちらが、痛む。 結局、あの薬も、 ただの一時しのぎだから、 しかたないけれど。 飲んだよ…と答えると、祐樹は満足そうに笑い、それから腕時計を見た。 「そろそろ夕飯だな……その前に、ヒューの散歩してくるよ」 ひとりで言い切り、立ち上がる。 ドアへ向かう、祐樹の背中に、 わたしは言った。 「もう、終わりにしましょう」 わたしの静かな声に、 祐樹の動きが、止まった。 ゆっくりと彼が振り返る。 大きく、目を見開いて。 わたしはその目をしっかり見つめて、 もう一度、言った。 「終わりにしましょう、わたし達」 . 前へ |次へ |
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