《MUMEI》
約束の日
.


−−−約束の、土曜日。



俺は遅刻しないように、早起きをする。

ベッドから抜け出して、居間へ行くと、母さんがすでに起きてそこにいた。

母さんは俺の姿を見て、驚く。


「どうしたの?こんな早く起きるなんて、珍しい」


俺は、約束があるんだ、と簡単に答えてダイニングに腰掛けた。

母さんは不思議そうな顔をしていたが、約束に関しては突っ込んで来なかった。

テキトーに食事を済ませて、時計を見る。

ゆっくり支度をしても、百々子さんとの約束まで余裕があった。

俺は居間から出て着替えを済ませ、洗面台で歯磨きをする。

丁寧に顔を洗い、それからまた居間へ戻った。

母さんはテレビを見ていた。

その背中に、声をかける。


「ちょっと、出掛けてくるから」


母さんはゆっくり振り向き、「何時頃帰る?」と尋ねてくる。

俺は少し考えてから、夕方には戻るよ、と答えた。


玄関に向かい、スニーカーを履く。

下駄箱の上に置いてある袋を見つめた。

このまえ、ペットショップで買ったボールだ。





…………ヒュー、喜ぶかな。





俺は袋を手に取り、玄関のドアを開け、外に出た。


風が、冷たかった。

もう秋に近づいているのだ。


ゆっくりとした歩調で、公園へ向かう。


公園には、まだ百々子さんの姿は無かった。

俺はいつものベンチに腰掛け、ぼんやりした。

時折、公園の中の遊歩道を、散歩するひとや、ジョギングするひとが通り過ぎていった。

その姿を眺めてから、俺は自分の腕時計を見遣る。

いつの間にか約束の時間を5分、過ぎていた。

珍しいこともあるものだ。

今まで、百々子さんが、遅刻したことは無かったから。


この間、彼女が言った言葉が、蘇る。





−−−来ないかもしれないよ?





不安が、胸をよぎった。


そんなはず、ない。


沸き上がる嫌な予感を、必死に打ち消す。


俺は気を紛らわせようと、空を見上げた。


青い空は、夏の季節のそれよりも、高く澄み切っていた。





…………はやく。





俺は、祈った。





はやく、はやく、来て。



ずっと、待ってるから。



だから、はやく…………。





ふいに、


遠くから、救急車のサイレンが、こちらに近づいてきた。

俺はゆっくり視線を送る。

救急車は他の車に徐行するよう指示しながら、公園の脇の公道を摺り抜け、住宅街の中へ行ってしまった。サイレンがだんだん遠退いていく。

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