《MUMEI》 . しばらくすると、救急車の姿は消え、サイレンの音もふっつりと途切れた。 なにか、あったのだろうか。 先週、この界隈に住むお年寄りが倒れたらしく、そのときも救急車が、今みたいに喧しくサイレンを鳴らし、走り回っていた。 今日もきっと、そんなところだろう。 ひとり決め、それを目で追うことを止め、 俺はまた、空を見上げた。 ゆっくり、瞼を閉じる。 百々子さんの姿に想いを馳せながら、 俺は、いつまでも、そのベンチに腰掛けていた−−−−。 ◆◆◆◆◆◆ 子供のはしゃぐ声がした。 バタバタと慌ただしく走り、その軽い足音が、俺の背後で止まる。 そして、 それを追う、足音と、声。 「ダメよ、急に走ったら〜!!転んだらどうするの〜!」 柔らかい、女のひとの声。おそらくは、その子供の母親のもの。 彼女の足音も、俺の背後でピタリと止まった。 二人の視線を、痛いくらい感じる。 しばらくの沈黙のあと、 ふいに子供が、言った。 「ママァ〜、はやく遊びたいよ〜」 「ねーねー!」と母親を急かす。母親は戸惑ったような声で、「……ちょっと待ってようか〜」と、呟いた。 きっと、俺が公園のベンチにひとりで腰掛けているから、気が引けたのだ。 俺は腕時計を見る。 百々子さんの約束から、もう、数時間が経過していた。 彼女は、まだ姿を現さない。 そして、 それが、彼女が出した結論なのだ、と思った。 俺は袋を握りしめ、ゆっくり立ち上がる。顔を俯かせて、身体を反転し、ベンチから離れた。 公園を出る途中、小さな子供とその母親と、すれ違った。 母親は俺の顔を見たらしく、気まずそうに会釈してきたが、俺はなにも返さなかった。 二人の脇を摺り抜けて、数歩進んだとき、 子供が、澄み切った声で、母親を呼んだ。 「あのお兄ちゃん、どうして泣いてるの?」 子供の発言に母親は慌てたようで、「いいから……」と曖昧に言葉を濁した。子供は、俺にさほど興味が無かったのだろう。すぐに笑い声をあげて、バタバタ走り回る足音が聞こえた。 公園を出るとき、 俺は一度だけ、振り返る。 広場には、眩しい笑顔を浮かべた子供が、母親に駆け寄っていた。 その周りを取り囲むように生えていた百日草が、 夏の日に見たときよりも、 色を無くしていたように感じたのは、 気のせいだったのだろうか…………? 俺の頬を、秋風が優しく撫でる。 涙が、止まらなかった。 . 前へ |次へ |
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