《MUMEI》 . 俺の問い掛けに、彼女は頷いた。 「話は、少しだけ、あの子から聞いていました。ちょうど、今年の夏頃……ヒューと遊んでくれる方が、近所にいるって」 百々子さんのお母さんは、空を見上げた。 その灰色の空に、語りかけるように、つづける。 「あの頃、あの子、とても楽しそうだったわ。表情が明るくなって、わたしにもよく話しかけてくれて……まるで、遠い日のことみたいだけれど」 その言い方に、なにかひっかかるものを感じたが、無視した。 俺は、俯く。 「百々子さんには、とても感謝しています。今の俺がいるのは、百々子さんのおかげですから」 ドッグトレーナーの夢を見つけることが出来たのは、他でもなく百々子さんのおかげだった。 彼女が、俺に、ドッグトレーナーの話をしなければ、今でもダラダラと受験勉強をしていたかもしれない。 そのとき、今までおとなしくしていたヒューが、急に、俺の足元に擦り寄ってきた。 俺はヒューの頭を撫でてやる。 ヒューは賢しげな目で俺を見つめ、ただじっと身を寄せていた。 淋しさを、紛らわせるように。 俺は、ヒューの目を見つめながら、尋ねてみた。 「百々子さんは、お元気ですか?」 俺の問い掛けに、彼女は答えなかった。 不思議に思い、顔をあげて、 目を見開く。 百々子さんのお母さんは、驚いたような顔をしていた。 そして、その瞳に、悲しみの影がよぎり、 次の瞬間、 信じられないようなことを、口にした。 「………あの子は、死にました」 その言葉を聞いた直後、 すべての雑音が消え去り、 無音の世界に、俺は投げ出された。 …………百々子さんが、 しんだ? なに、それ。 冗談、だろ…………? . 前へ |次へ |
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