《MUMEI》 . わたしは手を入れ替えながら、なんとなく彼女に聞いた。 「結婚する相手は、どんなひとがいいですか?」 ネイリストさんは、一旦手を休めて、そうですね〜と唸ったあと、ふたたび爪にストーンをのせながら、一緒にいてラクなひとですかね、と答えた。 「ラクな、ひと?」 繰り返すわたしに、彼女は、ハイ、と澄んだ声でつづけた。 「わたしのことなら、なんでもわかってくれているひと。だって、『わたしはこうしたい』とか、『わたしはこうおもってる』とか、いちいち説明するの、面倒じゃないですか」 ジェルを塗りながら、彼女は顔をあげずに、中川さんは?と尋ねた。 「わたし?」 わたしは瞬く。彼女は顔をあげた。 「中川さんは、どんなひとがいいと思います?」 まっすぐに、わたしの目を見つめて彼女は付け足した。わたしはもう一度瞬き、そして、考える。 遠い、記憶の彼方に、 揺らめいた、顔がひとつ。 それは。 いつも、不機嫌そうな顔をして、 そばにいるわたしを睨んでいた、《あのひと》の。 《あのひと》に見つめられるたびに、 わたしの心臓は、高鳴る。 破裂しそうなほど、烈しく。 つよく、つよく、脈打つ、その鼓動に、 わたしは、涙していた。 ああ、そうだ…と、わたしは、おもった。 わたしは、《あのひと》と一緒に、なりたかったのだった−−−。 . 前へ |次へ |
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