《MUMEI》 . 玄関に入ってサンダルを脱ぎながら、ただいま、と声をかけたが、だれからも返事がなかった。今日は、日曜で家には父も、母もいるはずなのに。おおかた、《突然の来客》にはしゃいで、わたしの声など聞いてないのだろう。 ため息をひとつついて、家に上がり込んだ。 リビングのドアを開けて入っていくと、最初にわたしに気づいたのは、キッチンにいた母だった。アイスコーヒーを3つ、トレーにのせて、立っている。父と母、そして、《客》の分だ。 母はわたしの顔を見て、驚く。 「びっくりした。帰ってたの?」 わたしが、ついさっきね、と答えると、母は顔をしかめて、ただいまくらい言いなさい、と注意してきた。 …言ったんだけどな。 心の中で呟き、とりあえずわたしは母に、ゴメンね、と謝った。母は、まったく!とあきれたようにため息をついて、キッチンの方へ戻っていった。 リビングでは、父がテレビを見てくつろいでいた。そのかたわらに、もうひとり。わたしの方に背中をむけて座っていた。 わたしは黙ったまま、そのひとの広い背中を、じっと見つめる。 お気に入りのオフホワイトのポロシャツに、腰履きしたジーンズ。ヘルメットを被っても、ヘアスタイルを気にしないためと、よく言っていた、短く切られた髪の毛。 なにもかもが、昔のまま。 時の流れを感じさせない、そのひと。 . 前へ |次へ |
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