《MUMEI》
仕事のこと
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母が4人分のアイスコーヒーを持って、リビングまでやって来た。テーブルにグラスを置きながら、ため息をつく。

「せっかく新卒で、しかも正社員で入った会社を勝手に辞めて…ダラダラ派遣で働いて。芽衣は、ほんとうにバカよね」

いきなり文句を言い出した母に、気づかないふりをしてコーヒーに手をのばした。仕事に関しては、あまり触れてほしくなかった。




短大を卒業して、わたしは運よく、大手化粧品会社の販売員として就職した。小さい頃から憧れていた仕事だった。真新しい制服に身を包み、希望に満ちあふれていた20歳の頃が、今では霞んでおもえる。

化粧品販売の仕事は、わたしがおもい描いていたよりも、ずっとハードだった。

朝起きてきれいに化粧をして出勤すると、ひたすら、同じような接客をする日々。
大量の商品の発注や、補充や、返品。理不尽なクレームの対応。倉庫の在庫確認や、整理整頓。ようやく家に着いた頃には、日付が変わっていて、化粧を落とす余力もなく、ベッドに倒れ込む。
数少ない休みの日も、客へのお礼状だとか、本社に提出するレポートだとか、果ては体調を崩したスタッフの代理のため、急に売場へ呼び出されることも、よくあった。


そんな、苛酷な労働のインターバル。


いつの間にか、作りすぎた愛想笑いが顔にはりつき、筋肉が硬直して、上手く笑えなくなった。


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