《MUMEI》

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わたしは尚の顔を見て、瞬き、それから、


「いいよ、別に。いつもひとりで行ってるんだし」


極力、素っ気ない言葉で断ってみせた。

しかし、尚は引かず、「一緒に行く」の一点張りだった。

面倒臭くなって、わたしはため息をつき、もう一度断ろうと口を開いたとき、お母さんがわたしに言った。


「一緒に行ってらっしゃいよ。尚がいれば、芽衣も安心でしょう」


余計な提案をしてくる。わたしは半眼でお母さんを睨み、大丈夫だよ、と、ぼやく。


「子供じゃないんだから、別にひとりでも平気だってば」


わたしの反論に、お母さんは「そうじゃなくて」とつづける。


「最近、なにかと物騒だし、芽衣だって一応は女の子なんだから。尚と一緒に行ってきなさい」

と、最後は命令口調で言葉を締め括った。わたしはそれでも首を横に振る。


「だったら、お父さんと一緒に行く」


尚とふたりきりになるのは、イヤだった。

すると、今度はお母さんが首を振った。そしてお父さんを指さす。


「ムダよ。お父さん、テレビに夢中だから」


わたしはお父さんを見た。お父さんは、わたし達がこれだけ言い争っているにも関わらず、なにも聞こえないような顔をして、テレビの画面を食い入るように見つめていた。正直、呆れる。

わたしがため息をつくと、お母さんがさらに言った。


「はやく行ってきなさい。ルカが待ってるわよ」


お母さんの催促にも、どうしても納得いかないわたしは言い返そうとしたが、それよりもはやく、尚が立ち上がり、さっさと居間から出て行った。わたしはそれを、ぼんやりと目で追う。

彼は部屋を出る前に一度、振り返り、視線を合わせたあと、わたしに言う。


「はやく行こうぜ」


そこで、ようやく諦めて、わたしも居間から出て行った。





庭に行くと、ルカが待ってましたと言わんばかりに尻尾を激しく振って、キラキラした目をわたしと尚に向けた。

尚がゲージの鍵を外すと、ルカがいきなり飛び出してきて、物凄い勢いでわたしに突進してきた。

足を踏ん張り、ルカの身体を受け止めながら、わたしは眉をひそめる。

その様子を見て、尚が呑気に笑った。


「『遅いよ』、だってさ」


ケラケラ笑う尚を一度睨み、それから顔を背けて、持っていたリードをルカの首輪につける。


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