《MUMEI》 電話の相手. ルカの腹を優しく撫でながら、わたしは尚の声に耳をそばだてていた。 「どこって、実家。…バカ、違うよ…うん。え?今から…?」 聞きながら、なんとなく、わかった。 −−オンナだ…。 わかった途端、 指先が、冷えていく。 いいえ…、 冷えていくのは、わたしの心…。 ルカの気持ちよさそうな顔をながめているわたしの耳に、はっきりと、尚の声が、聞こえた。 「わかった、すぐ行く」 そう言って、尚は電話をきった。わたしはしゃがみ込んだままの姿勢で、彼を見上げ、彼女?と聞いた。彼はばつが悪そうに携帯を見つめたまま、黙っていた。図星なのだろう。 わたしはルカを撫でるのをやめ、よっこいしょ、と声をあげて、のろのろと立ち上がった。ルカは少し不満そうに身体を起こす。 わたしはふたたび尚の顔を見た。 「帰りますか」 わたしの言葉に尚はなにも答えなかったが、踵を返して、家の方へむかいゆっくりと来た道を歩きだした。わたしはそのあとを追う。 わたしと尚とルカの黒い影が、石畳の上に、長く伸びていた。 尚が母に、もう帰る、と告げると、彼女は心底残念がった。 「久しぶりに家族がそろったのに。夕飯くらい食べていきなさいよ」 玄関ポーチで、一生懸命引き留める母に、尚は困ったように淡く笑った。それでも彼はバイクにまたがり、フルフェイスのヘルメットをかぶる。やはり帰る気でいるのだ。 ほかならぬ、彼の『オンナ』のために。 . 前へ |次へ |
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