《MUMEI》 今の仕事. そしていつもであれば、絶対に彼と関わらないわたしが、その日はテンションが高かったこともあり、気まぐれに、尚に声をかけたのだ。 「なに読んでるの?」 わたしの声に、尚はゆっくり振り返り、そのするどい眼差しをわたしへむけた。 わたしたちの目が、合う。 彼の、その不思議な色をした瞳を見て、 わたしの心臓が、 一度だけ、大きく、鳴った……。 −−おもえば、それが、すべての《引き金》だったのだ。 「おはようございま〜す」 売場に入るなり、わたしはすでに入店していたスタッフにむけて気の抜けた挨拶をした。 今日は、派遣の仕事で、新宿のデパートにやって来た。 派遣のコーディネーターから、今日は新作フレグランスのプロモーションイベント会場で販売スタッフとして働くのだ、と事前に伝えられていた。 プロモーションイベントといっても、接客して販売業務をするより、香りをのせたムエットと呼ばれる紙を、エスカレーター脇や、通路でひたすらストイックに配りつづけるのがほとんどだった。 イベント自体の、売上目標はあるけれど、ノルマではない。だから、わたしたち派遣がその日、売ろうが売るまいが、たいして評価には関わらないのだ。 はっきり言ってつまらないが、おいしい仕事だ。化粧品会社で働いていたときのことをおもえば、ラク過ぎる。 だから、ダラダラと辞められずにいる。 . 前へ |次へ |
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