《MUMEI》 《ビート》. わたしはディスプレイカウンターに近寄った。目の前の香水に、俄然、興味がわいたのだ。 ……このプレートには、一体なんと描いてあるのだろう。 おもむろにテスターを手にとり、その小さなプレートの文字を、じぃっと見つめる。 −−−《THE BEAT》 「ビート…?」 わたしが呟いたのと、それはほぼ同時だった。 「おはようございます」 突然、凛とした女のひとの声が、背後から聞こえ、わたしはビクリと肩を揺らした。恐る恐る振り返る。 わたしの真後ろに、黒いスーツを着た女のひとが立っていた。 フレグランスコーナーのサブチーフである、矢代 歩さんだ。 以前にも何度か、ここのお店にお世話になったので、矢代さんのことは、知っていた。 矢代さんは上品な雰囲気で、物腰も柔らかく、デパートからも個人的に報奨をされるほど、有能な販売員だと噂には聞いていた。 けれど、実際話してみると、サバサバしていて、意外に男っぽい性格をしていることを知り、そんなギャップを、わたしはとても魅力的に感じた。 矢代さんは、わたしの顔を見て、クスクスと軽やかな笑い声を立てた。 「なぁに?中川さんたら、そんなに驚いた顔して。ひどいわね。わたし、バケモノみたいじゃない」 わたしは、曖昧に笑い返して、すみません、と謝った。その様子を見て、矢代さんはまた笑う。 . 前へ |次へ |
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