《MUMEI》 . プロモーション初日は、散々な結果で終わった。 わたしがいた、プロモーションスペースで売れたのは、3本だけ。しかも一番小さいサイズばかりだから、売上金額としては、だいたい2万円ほど。 その3本のうち、わたしは1本も売ることができなかった。 「疲れた〜〜!!っていうか、どヒマだったね〜!!」 仕事を終えて、従業員通用口から出たばかりのとき、久美子が大きな声でぼやいた。 「全然売れないし。お客さんの反応もイマイチだったし。完全なヒマ疲れだよ〜」 グダグダ愚痴る久美子を横目に、わたしは曖昧に頷いた。 彼女の言うとおり、お客さんの反応は、パッとしなかった。 香りを試して貰っても、曖昧に首を傾げられたり、無反応だったり、さらにはこれみよがしに顔をしかめるひとも少なくなかった。 おそらくは、あの香水の甘みの強い、スパイシーな香りが、なんとなく鼻に残ってしまうのだろう。 久美子はため息をつく。 「わたし、明日は日本橋に行くんだけど、あっちでもあの香りのプロモーションなんだよね〜。やる気無くすよ」 わたしは彼女の顔を見ずに、そうなんだ…と呟いた。 「まぁ、いいじゃん。人気ないから定刻であがれるし。そう思えば、気がラクになるでしょ?」 わたしの励ましにも、久美子はまだ納得いかないようで、でもぉ〜…と不満そうな声をあげる。 「忙しい方が、時間がはやく感じるじゃん。なんか今日は一日が長く感じてさ。ホントに疲れちゃった」 夕飯作るの面倒だなぁ…とひとりでぼやく。 わたしはそんな久美子を見て、笑ってみせた。 「はやく帰らないと、ダンナさん、帰って来ちゃうよ〜?」 わたしの言葉を聞き、久美子は自分の腕時計を眺めて、ホントだ〜と呟いた。 「もうこんな時間なんだね。はやく帰らなきゃ」 そう言い切って、久美子は笑顔を浮かべるとわたしに向かって、お疲れさま〜、と挨拶し、足早に地下鉄の入口へ向かって行った。 彼女の小さな背中を見つめながら、 ふと、思う。 彼女は、これから、家に帰る。 寄り道もせず、まっすぐ家へ帰る。 帰ってから夕飯の準備をして、 ひたすら待つ。 愛するひとの帰りを、ただ、ひたすらに。 それが、悪いことだとは思わない。 でも、なんとなく、 そんな毎日を、疑問に思ったりはしないのだろうか。 退屈で、窮屈で、息苦しいとは、感じないのだろうか。 そんなふうに思うわたしは、 やっぱり、ひがんでいるだけなのだろうか………。 . 前へ |次へ |
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