《MUMEI》
明けない夜
極夜、という現象をご存知だろうか。日が昇らず、一日中ずっと夜のままというものだ。その名が彼に付けられたのは、一体何の因果だろう。
スウォン・バジット。
闇夜を思わせる漆黒の髪と月を思わせる金の瞳を持ち、『極夜の君』と称される美少年である。彼は今下校途中。左手に学校指定の鞄、右手に本を持ち、優雅な動作で歩いている。普段なら道行く老若男女が見とれて立ち止まるのだが、現在そのような者は見られない。それもその筈、今は彼が最も目立たなくなる時期なのだ。
そう、極夜の時期である。着ている制服も黒い為、ほぼ全身が黒い彼は夜に溶け込んでしまって見えない。街灯の真下で強く照らされない限り、彼に気付く者などまずいない。
パラリ、と本のページを捲る音がする。辺りは暗く、街灯の灯りも疎らだというのに、何故彼は読書ができるのか。それには、『魔術』なるものが関わってくる。詳しい説明は後として、今彼は闇の初等魔術【ノクターナル】を行使している。【ノクターナル】は夜目を効くようにする魔術。その力のおかげで暗い中でも読書ができるという訳だ。
このように彼は闇の魔術を使いこなす。漆黒の髪も相俟って、極夜の君と呼ばれるようになったのだ。だが彼にとってはそれだけの意味ではない。
「『明けない夜は無い』、か……」
読んでいる本の中の一節を口にしながら、パタンと本を閉じるスウォン。その端正な顔には薄い笑みが浮かんでいる。
「それがあると知った時、人間は何を思うのだろうな……」
その呟きをどの人間にも聞かせずに、極夜の君は闇に溶けていった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫