《MUMEI》

  
「さくら…」
「何?」

ベッドの上で癖っ毛をブラシでとかしているさくらの隣に座ると、さくらは僕の長い髪にもブラシをかけてくれた。

「長いなぁ〜よくこんなに伸ばせるな」
「ん…」

多分、この髪の毛の事を言っているんだろう。


僕が母親に唯一誉められたのが、この金色に輝く髪だった。



家のメイドだった母と、そこの家の主人だった父の間に出来た子供。

ありがちな話だが、その子供が僕だった。


母は故郷のイタリアへ帰り僕をそこで育ててくれたのだが、ある日突然母は『まとまった金が入った』と言って僕をあのドイツの堅苦しい家へと押しやったのだ。

きっと僕をこの父親に売ったんだろう。

それでも僕は母が恋しくて、母と離れて父の元で暮らすようになってから、ずっとこの髪を伸ばし続けた。

新しい兄弟からはバカにされつつも、この髪だけはずっと綺麗に保ちつつ、やっと腰の辺りまでになった。

だから、この髪は僕を捨てた母との唯一の繋がりだった。


「短くしてもイイ男なんじゃね?」
「うん?」

さっきは”長い”今度は”短い”

そう言ってさくらは僕の髪を後ろに束ねると、マジマジと僕の顔を見つめてきた。

”cut short(短くする)”って言っているんだろう。


さくらが、僕の母親になってくれるなら…それでもいい。




「さくら…カワイーしてくさい…」
「”可愛がって下さい”だろ…何だよ…」

僕の髪を撫でてくれたさくらの膝の前に片手をつくと、そのまま横になって彼女の柔らかな膝に頬を寄せた。

「…あぁ、膝枕か」
「ひざまくら…ヤー(はい)」

さくらはそんな僕の行動に驚きも怒りもせず、僕の頭をまるで母親のように撫でてくれた。

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