《MUMEI》
突然の着信
.


ぼんやりと考えているわたしの、携帯が突然、震え出した。

どうせ、お母さんからだろうと、ごそごそとかばんをあさり、携帯を取り出す。




青白いディスプレイには、《着信》の文字、




そして、尚の、名前。




わたしは慌てて電話に出た。慌てる必要などないのに、慌ててしまった。

だって、尚から電話があるなんて、本当に久しぶりだったから。


「もしもし……?」


たどたどしく、話しかける。心臓が、高鳴っていた。

強く、烈しく、脈打つ鼓動。

鼓膜が、その音に支配されながら、わたしはじっと尚の言葉を待った。

少しの間を置いて、


『あ、もしもし?』


返された、声。

それに反応するように、わたしの心臓が、一度、大きく鳴った。


『もう仕事、終わった?』


わたしは、必死に唇を動かして、うん…と答える。緊張で、手が痺れる。気をゆるせば、携帯を落としかねないほどに、わたしの手は、強張っていた。

尚は、わたしの様子に気づくことなく、呑気な声で、言った。


『今日は、どこのデパートだったの?』


「新宿の……駅前のところ」


やっとのことで答えると、尚は、そうなんだ、と気楽に言った。


『俺、今、出先でさ。渋谷で仕事だったんだけど、直帰していいって言われて』


わたしは、そう…と曖昧に頷く。すると、尚は、さらにつづけた。


『ヒマだったら、メシ行こうぜ。すぐそっちに行くから』


突然の誘いに、わたしは戸惑ってしまった。
別にヘンな誘いではない。お互いに仕事が終わり、しかも近くにいるのだから、それは自然な話の流れだ。

それに、『キョウダイ』なのだ。

ふたりきりで一緒に食事へ行ったとしても、おかしくはない。そう、一般的には。



けれど、



その相手が尚なら、全く以って、話は別だった。



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