《MUMEI》 . 「……尚から誘うなんて、珍しいね」 ぽつんと、呟いた。 尚は電話の向こう側で、たまにはね、と苦笑する。 『息抜きしようと思ってさ。昨日、お前、言ってたじゃん。仕事、仕事ってエラソーに…って』 それを聞いて、昨日、自分が尚に厭味を言ったことを思い出す。 そんなことを、覚えていたのか。 変に感心しているわたしに、尚はつづけた。 『ちょっと、付き合えよ。母さんには、俺から連絡しておくし』 そこまで言って、一息区切り、ため息混じりに呟いた。 『………芽衣に、話したいことも、あるから』 どこか、緊張をはらんだ声だった。 胸が高鳴る。心臓が烈しく脈打つ。 ………話したいこと? 思い当たる節がない。 わたしは一度瞬き、心を落ち着かせようとゆっくりため息をつく。 その吐息の中で、小さく答えた。 「おごってくれるなら、行く……」 わたしの小さな呟きを聞いた尚は、明るく笑い、朗らかな声で、了解!と答えた。 それから待ち合わせ場所を決めて、わたし達は電話を切った。 ****** −−−それは、8年も昔のこと。 「芽衣が好きだ。もう、我慢なんか出来ない」 「悪い冗談、言わないで」 「冗談で、こんなこと、しない」 「《キョウダイ》なんて、真っ平だ。こんな馬鹿げた家族ごっこ、うんざりなんだよ」 「尚、やめて」 「もう、どうなっても、構わない。俺は、芽衣がいれば、それでいい」 「そんなに家族が大事か?じゃあ、俺の気持ちは、どうなるんだよ」 「痛いよ、離して」 「はっきりしろ。家族を取るのか、俺を取るのか、いま、ここで選べよ」 次々と蘇ってくる、熱く、烈しい熱を持った言葉たち。 しかし、その響きは頼りなく、もう現実味が無かった。 『別れ』を選んだ、今となっては………。 ****** . 前へ |次へ |
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