《MUMEI》 . わたしが覗き込んでいることに気づいたのか、尚は開いていた雑誌を、パタンと閉じる。 わたしは顔をあげて、尚を見た。尚はすでにわたしのことを見つめていた。 少し間を置いて、 尚が聞いてきた。 「芽衣、出かけるの?」 わたしが珍しくオシャレしているのを見て、なんとなく尋ねた、というような口ぶりだった。わたしは素直に頷く。 「午後から約束があってね」 そこまで言って、思わずニヤけてしまった。 「今日、デートなんだ」 つい、本当につい、口にした。尚に聞かれたわけでもないのに。 つい、言葉に出してしまうくらい、そのときのわたしは、浮かれていたのだと思う。 楽しみにしているデートまでの、ぽっかり空いた時間。 その退屈で、無意味な時間を、尚と適当に潰して、家を出るのだ。 そのはずだった、 −−−けれど…………。 その直後、わたしは、尚の小さな小さな呟きを、聞いた。 「…………ふざけんな」 …………あのときの、尚の抑揚や、表情、 そして、燃えるような烈しい目つきは、 いまだ、わたしの中に、しっかりと焼き付いている−−−。 ****** 新宿駅から歩いて数分のところにある、高層ビジネスホテルの4階にある、和食ダイニングバー。 その店の、個室の中に、わたし達はいた。 4人掛けのテーブルを挟んで向かい合い、それぞれにメニューを眺めている。 尚は相変わらず、落ち着いていたようだったけれど、わたしは、酷く緊張していた。 尚と、ふたりきりで個室にいる、というこのシュチュエーションもさることながら、このお店自体が持つ独特な空気が、わたしの心に、さらなる負荷をかけてくる。 高級感のある内装。薄暗い照明。個室の窓から見える夜景。 物静かで落ち着いた店の雰囲気は、少なからず、わたしの緊張をあおったのだった。 . 前へ |次へ |
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