《MUMEI》

「あ、高遠は……」

板場さんに尋ねられた。


「少し体に傷があったんで隠してます。」

短い時間の撮影だったが意外と板場さんは力強かった。


「そうですか……。」

板場さんも光まではいかないが伊武監督の作品に出ていた。
光より四ツ程離れている。


「言伝ですか?」


「自分で言いたかったんでいいです。」

板場さんは小さい溜息を漏らした。
彼は光のような色気や見目の好さも無いがカメラの前でも生活しているような自然体な演技をする。


「……先程の迫真の演技、凄かったです。本当にあの時間は作ったものじゃなくて流れていた。」


「まんまと二人に騙されてましたよ。
わざとあんな空気にして……やっぱりあの二人は俳優で、監督で、いい仕事するんです。分かってたのに、分からなかった。」

先刻の「畜生」は光と伊武監督の意図する作品を汲み取れなかった自身への罵倒だったのか。


「良い作品になりますね。」

彼等は期待に応え続けるだろう。
不思議と撮り終わった直後より完成に近づく今の方があのシーンの重要性が見えてくる。


「当たり前ですよ。
……あ、やっぱり言伝、お願いしようかな。“光より信頼されるようになる”って伝えて下さい。」

板場さんは、光への宣戦布告を残した。
早速、伝えに行ってやろうか?

光は監督と二人で話していて、近付きにくい。最後の橋での撮影が迫っていて忙しいようだ。
皆、最後の撮影では最初の頃とは表情も違う。

……光もそうだ。
気にはなっているのだが、頑なに疲れていない風を装っている。
中心になっている自分がそんな姿を見せられないという意地なのかもしれない。
光は丈夫だと思っていた。
撮影中に、倒れるまでは。

けれど監督は撮影を中止しなかった。


「監督、今、高遠光に必要なのは休息です。」

医師を呼び付けて、注射を打って撮影すると言う。


「君、マネージャーの……」


「小暮です。」

伊武監督はここ最近の激務で出来たのであろうくまの辺りを指の肚で捏ている。


「そう、”保護者“だ。」

怠そうに、伊武監督は俺を的確な単語で示している。久しぶりに国雄お兄さんイラッとしたぞ〜?


「貴方もプロですから、本気なのは分かってます。ただ、彼にはこの作品だけじゃない。他にも仕事があるんです。」


「小暮君ね、まるでわかっちゃいない。私達は私達のルールがある。今止めたら、この作品が駄目になると私達は知っている。」

伊武監督は携帯灰皿を取り出し、吸う仕種をする。

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