《MUMEI》
序文
 歌うことが好き。
お腹から膿を出す感覚が、俺は心底好きだった。
その感覚は、あまり他人には理解してもらえない代物だが、歌うことが好きな同士は大勢いる。
理由なんかどうでも良い。
要は皆で歌えれば良いんだ。
一つ一つ違った声色が合わさって、一つの音を作り上げる。
その作業に感動を覚えるのだ。


 此処は市立立川学校中等部。
市立では珍しいらしい、所謂中高一貫校だ。
俺は其処に通う中学三年生で、一応受験生。
外部に行くつもりはないから、呑気なものだけど。
名前は賀 和咏(イワイ カヨウ)、歌うのが好きな合唱部部長。
因みに、生物学上、女とされている。
取り立てて成績も容姿も良くはない、言うならば平凡な人間だ。
 そして俺は今、ある人間を口説き落としていた。
これが一筋縄ではいかないと言うか。
敵は手強ければ手強い程に良いとは思う。
その方が面白いからね。
けれど、こちとら時間がないのだ。
さっさと落ちれ、と叫んでやりたいのを堪え、俺は2コ下の餓鬼、元い、中等部1年5組出席番号2番、東雲 楽世(アズモ ナラ)に頭を下げた。
一年生の教室で、年下の餓鬼に、三年生の俺が、である。
こんな屈辱は他にはない。

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