《MUMEI》 . 少し間を置いて、 「決まった?」 尚がメニューから視線をあげて、わたしの顔を見つめて聞いてきた。 はっきり言って、わたしは食事どころじゃなく、メニューを眺めても、文字が頭に全く入って来なかった。 わたしは首を横に振る。 「メニュー、よくわからない。尚が、決めて」 そう言うと、尚は苦笑し、それからテーブルの端に置いてある、店員の呼び出しボタンを押した。 間もなく個室へやって来た店員に、尚は、メニューを開きながら、てきぱきとオーダーをした。本当に、ごく普通に。とても、さりげない様子で。 その姿を見て、漠然と、ああ慣れているんだ、と思った。 慣れているんだ。 大人っぽい、こういうバーも。 たくさんの料理を選ぶのも。 『オンナ』とふたりきりで、食事するのも………。 最後に、アルコールを注文するときにだけ、尚は、わたしの顔を見た。 「芽衣、ビールでいい?」 その問い掛けに頷き返すと、尚はまた店員を見上げて、じゃあ生中を2つで、と呟いた。 店員が出て行ったのを確認してから、尚は大きく伸びをした。 「いやー、疲れたなァ…取引先のシステムにトラブルがあったらしくてさ、今日は朝からずっと、パソコンいじってたんだよ」 目が死んでる、と愚痴を言いながらも、尚は笑っていた。 尚は、外資系のコンピュータ・ソフトウェア会社に勤めている。 前に、どんな仕事をしているのか聞いたことがあったけど、小難しい機械の話と、わけの解らない専門用語のオンパレードに、頭の悪いわたしには、さっぱり理解出来なかった。 忙しそうだね、とわたしがねぎらうと、尚はなにも答えず、ただ微笑んだ。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |