《MUMEI》
《あの日》
.


そのとき。

テーブルの上に置いてあった、尚の携帯が、震え出した。尚は躊躇うことなく、その携帯を手に取り、相手を確認する。

それから、わたしの顔を見た。


「ちょっと、電話してきてもいい?」


わたしが尚の申し出に頷くと、彼はいまだ鳴りやまない携帯を片手に、個室からすり抜けるように出て行った。

ひとり残されたわたしは、窓の外を眺めた。

外は、すっかり暗くなっていたが、ビルの明かりや街灯に照らされて、賑やかな雰囲気を醸し出している。

このビジネスホテルの下に広がる遊歩道を、たくさんのひとが、悠々と闊歩していた。

家路を急ぐ、ひと。デート中とおぼしきカップル。


その風景を眺めて、ふと、思う。


こんなふうに、尚とふたりきりで食事していたら、周りから見たら、わたし達は、恋人のように見えるのだろうか。

鮮やかに照らし出される遊歩道で、ピッタリと肩を寄せ合い、微笑み合う、あのカップルのように。


8年前の《あの日》、


『別れ』を選ばなければ、





わたし達は、今頃、どうしていたのだろう………。





******





わたしの『デート』という台詞を聞いたあと、

不意に、尚の瞳が、険しくなった気がした。烈しい感情に、輝く目を、わたしにしっかり向けていた。

その目つきに、わたしは、一瞬、怯んだ。



それと、ほぼ同時に。



尚が、





「………ふざけんな」





と、低い声で呟き、物凄い力で、わたしの腕を掴んだ。

そして一気に、引き寄せたのだ。

わたしはなすすべなく、ソファーに、尚が座っていた、その隣に倒れ込むように腰を降ろした。


.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫