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《MUMEI》 . そこに倒れ込んだとき、一度だけ、目が合った。 いつもの、尚じゃ、無かった。 うまく表現出来ないけれど、そこにいたのは、尚ではなくて、全く別の、男のひと。 わたしの知らない、怖いくらい粗削りの、『男』の顔をした、ひとだった。 そんな尚の表情を、今まで見たことがなかった。 尚は、転がったわたしの肩を素早く掴み、そのまま乱暴に引き寄せ、キスをした。噛み付くような荒々しいキスだった。 わたしは、その頃、まだ、経験が浅く、キスもしたことがなかった。 今にして思えば、それはキスと呼ぶには幼い行為だったけれど、当時のわたしを混乱させるには、充分だった。 突然の、予期せぬ尚からのキスに驚き、わたしは無我夢中で彼の身体を突き飛ばした。その拍子に、尚が読んでいた雑誌が、バサリと床に落ちる。 ふたりの身体は少し離れたけれど、それでも尚はわたしの腕から手を放さなかった。 混乱したわたしは、その手を振り払おうともがきながら、なにするの！？と叫んだ。 しかし、尚は手を放すどころか、より一層力を込めてわたしの腕を握りしめ、空いている手で、今度はわたしの頬を包んだ。 彼の手の平から伝わる熱を感じ、わたしは混乱で、頭に血が上っていくのがわかった。 強い眼差しで、すぐ傍から見つめてくる尚から目を背け、 「やめてよ、放して！」 半狂乱になって叫ぶわたしに、 尚は、至極落ち着いた声で、呟いた。 「ずっと、好きだった」 その台詞に、わたしの身体は、動けなくなる。 応えるように、心臓が、一度、大きく鳴った。 ………『ずっと、好きだった』？ 瞬時に、理解、出来なかった。 . 前へ |次へ |
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