《MUMEI》 . 家族か。 それとも、尚か。 混乱したわたしは、震える唇を動かして、 掠れた声で、なにかを答えたはずだ。 それはきっと、 あのときの尚にとっては、耐え難い、絶望的な台詞だったはずだった。 もっと、他にうまく言い逃れることが出来たはずだったけれど、 あの頃のわたしには、それの他に言いようがなかった。 −−−そして、 わたしの返事を聞いた尚は、 悲しげに瞳を揺らし、それから、わたしを解放して、 なにも言わず、リビングから、出て行った…………。 最後に見た、その、寂しそうな彼の背中が、 8年経った今でも、忘れられずにいる………。 ****** 遠い昔に想いを馳せつつ、ぼんやり、夜景を眺めていると、 尚が、戻ってきた。 席を外してごめん、と簡単に謝りながら、椅子に腰掛けた。 その一連の動きを目で追いながら、わたしは、唐突に言った。 「話したいことって、なに?」 わたしから、切り出した。ずっと気になっていた。 なぜ、尚が、わたしを食事に誘ったのか。 彼は、『話したいこと』があると、言っていた。 それは、一体、なんなのか。 「今日誘ったのは、それが目的だったのでしょう?」 わたしから、努めて冷静に尋ねられて、尚は驚いたような顔をした。 彼は少し視線を泳がせたあと、決心したように、わたしをまっすぐ見つめ返した。 その強い目の光が、 8年前の、彼とかぶる。 心臓が、鳴った。 静かな個室の中で、尚に聞こえてしまうのではないかと思うほど、強く、烈しく。 尚は、わたしを見つめ、一度瞬くと、 小さく呟いた。 「紹介したい、ひとがいるんだ」 予想外だった。 紹介したいひと?見当もつかない。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |