《MUMEI》 現れた、ひと. わたしが眉をひそめて、だれのこと?と尋ねようとしたとき、 個室のドアが、軽やかにノックされた。 わたしと尚は、同時にドアの方を見る。 男のひとの、失礼します、という声のあとで、ドアがゆっくり開かれた。店員だった。 オーダーした料理を運んで来たのだろうと、思ったが、違ったらしい。 店員は、にこやかに微笑みながら、お連れ様がいらっしゃいました、と呟いて、後方へ下がってしまった。 そして、開け放たれたドアから、現れたのは、 −−−きれいな、女のひと、だった。 柔らかなウェーブがかかった茶色の長い髪。アーモンド型の大きな瞳を包んでいる、長い睫毛。透き通るような白い肌。しなやかで、ほっそりとした身体。 彼女のなにもかもが、上品で、ノーブルで、わたしと同じ、オンナには、到底見えなかった。 …………だれ? そんな台詞が、胸の中に沸き上がったとき、 彼女の姿を見た尚が、お疲れ、と声をかけた。 「残業だったのに、ごめんな」 彼からのねぎらいの台詞に、彼女はフワッと柔らかく微笑んだ。 「平気、たいした仕事じゃなかったし」 その会話を聞いて、尚と彼女は同じ会社に勤めているのだ、となんとなく理解した。 彼女は尚に促され、彼の隣に腰をかけた。 椅子に座ると、彼女は呆けたわたしの顔を見て、ニッコリ微笑む。 「はじめまして、芽衣ちゃん……よね?」 わたしは、瞬いた。 なぜ、わたしの名前を知っているのだろう。さっぱりわからなかった。 不思議そうな顔をしているわたしに、尚が言った。 「彼女は、松本 あかねさん。俺と同じ会社の、1コ上の先輩」 その紹介に合わせるように、彼女−−−あかねさんは、よろしくね、と柔らかく言った。 「芽衣ちゃんのお話は、中川くんからよく聞いてます」 よく、聞いている? 一体、なんのことだろう。 . 前へ |次へ |
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