《MUMEI》 . 沈黙のさなか、あかねさんは、左手で耳に、髪をかける。その優雅な仕種の中で、光ったモノが見えたが、無視した。見えない、フリを、した。 わたしはふたりから目を逸らし、窓の外を眺めた。 わたしには、わからなかった。 なぜ、この場所にいるのか。 なぜ、あかねさんがやって来たのか。 なぜ、尚は彼女に前以てわたしの話をしていたのか。 ………いいえ。 本当は、わかっていた。 今日、ここに呼ばれたワケを。 あかねさんを、わたしに紹介した、その理由を。 でも、わたしは、知りたくなかったのだ。 沈黙を破ったのは、尚だった。 「芽衣」 強張った声で名前を呼ばれた。 わたしはゆっくり尚へ、姿勢を向ける。 彼はわたしをまっすぐ見据えていた。 あの、鋭い眼差しで。 いつものように反応し、心臓が高鳴る。 けれど、それは、明らかに、いつもとは違う様子の、鼓動だった。 烈しい心音が鼓膜を支配し、わたしまでまっすぐ届くはずの、尚の声を、邪魔する。 「驚くかもしれないけど」 心臓が、脈打つ。 烈しく、強く。 尚の声を、途切らせながら。 「落ち着いて、聞いて」 ………いやだ。 そう、答えたかったはずだったのに、出来なかった。唇が、顔が、身体が、石になってしまったように、固まったまま、動かない。 凍りついたわたしの身体の中で、心臓だけが、烈しく、音を鳴らしながら、動いていた。 「実は、さ……」 …………やめて。 やめてやめてやめてやめて。 それ以上、言わないで。 . 前へ |次へ |
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