《MUMEI》

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帰り際、その女性は、わたしのことを一度睨み、それから矢代さんへ視線を向けた。


「こんな非常識なひと使ってるなんて、あなたの会社も、先がないわね」


捨て台詞を残し、女性はそこから立ち去った。

わたしは俯いた。

今回のミスは、わたしが、100%悪い。

仕事中にも関わらず、うわの空で、周りに意識が全く向いていなかった。

そして、そのミスに対し、すぐに謝るなど、誠意ある対応が出来なかった。

それは認める。

でも、なぜ、そこまで……会社のことまで悪く言われなくてはならないのだろう。

わたしは派遣だ。派遣先であるこの会社とは、直接的に関係がない。

それなのに、会社に対して、そして矢代さんに対して、そんなふうに言われるのは、納得いかなかった。


「中川さん」


不意に、矢代さんがわたしを呼んだ。わたしは顔をあげる。
彼女はあの女性に、あれだけ怒られたのに、とても穏やかな表情を浮かべていた。


「ちょっと、裏で話しましょうか」


その台詞に、わたしは緊張する。きっとバックヤードでお小言をいただくのだ、と思ったのだ。

わたしが黙って頷くと、矢代さんは百貨店の社員に謝罪し、プロモーションスペースにいる他のスタッフに一言断ったあと、わたしを連れてバックヤードへ向かった。


売場からバックヤードに入ると、店内の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

その冷たい静寂に、わたしはとても緊張する。


一体、なにを言われるのだろう。

なにを言われても、文句は言えない。


先を歩く、矢代さんの華奢な背中を見つめながら、そんな想いだけが、わたしの胸を支配していた。


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