《MUMEI》

保健室に行ったらしい。
俺は動けなかった。
声も出せずに、ただ立ち尽くしていた。
 中断されていた試合は、替わりの生徒を入れ再開された。
上の空だった俺は何がどうなったのか良く覚えていない。
結果として、4組は負け3組が勝った。
 負けたというのに、俺は全然悔しくはなく、逆に、負けたことに安堵していた。
何故だか、紗夜に駆け寄れなかった自分に戸惑っている。
あの時、俺は疎外感を感じ取った。
俺と紗夜の間には、もう物理的関係はないのだろう。
そのことが酷く胸に堪えたのだ。
 ステージに上がり、準決勝を眺めてはみるが頭には入らない。
紗夜はまだ保健室から戻らない。
段々と紗夜のことが気掛かりになってくる。
俺はステージから飛び降りた。
そして、教師に見付からないように体育館から抜け出すのだった。


 向かった先は保健室。
本館の1階、靴箱の隣にある其処は、体育館からは少し遠かった。
 切らした息を保健室の前で整え、扉を開け放つ。
「あら、賀さん。試合はどうしたの?」
保健教諭が紗夜の細く長い指に包帯を巻いている。
顔を上げた保健教諭は俺に微笑みを向けた。
彼女は穏やかな人で優しい。
生徒からの人気も高い人だ。

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