《MUMEI》

「終わりました。紗夜のことが心配で」
紗夜は保健教諭に向かい合って椅子に座っていた。
俺からは背中しか見えない。
何故、振り向かないのだろうか。
「そう、ご苦労様でした。岬さん、これから病院に行くのだけど、おそらく骨折しているの。暫くは部活動出来そうにないのよ」
少し困った顔で保健教諭が告げた。
紗夜の肩が震えている。
俺は驚いて歩み寄った。
「何で来るのよ、カヨ。私、アンタにこんな顔見せたくないわ」
気丈に言う紗夜の声はらしくなく揺れていて、背中から抱き締める。
「俺だって見たくない。けど、俺はどんな紗夜でも好きでいる自信はあるぞ、馬鹿」
「……ごめん、カヨ。ごめんね」
ピアノ弾けない、と鳴咽混じりで紗夜が言った。
包帯を巻き終えた保健教諭の手が紗夜の頭を撫でる。
 馬鹿、と呟きながら抱き締める腕に力を籠めた。
「謝るな。他の人、捜すから良い」
「でもっ、今からじゃ。それに、あんなに練習したのに」
「紗夜が気にすることじゃない。皆も解ってくれるよ」
俯いたまま、紗夜が頷いた。
其を見て俺は体を離す。
保健教諭の手は、未だ紗夜の頭を撫でていた。

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