《MUMEI》

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すみません、とまた謝ると、矢代さんは、そっか……とため息混じりに呟いた。


「だれにでも、気持ちの浮き沈みはあるよね。わたしだってそう。すごい辛いことがあるのに、なんで笑わなきゃいけないんだろうって、思う」


その口ぶりに、どこかひっかかるものを感じた。

わたしが顔をあげると、今度は矢代が俯いていた。

その伏し目がちな瞳に、深い悲しみがうつし出されていた。

わたしがかける言葉を探していると、矢代さんはパッと顔をあげて、なーんてね!とおどけて言った。


「ズルズル引きずってたら、立ち直るものも、立ち直れないから、ここはビシッと気持ちを入れ替えましょう!」


その台詞は、確かにわたしに向けられていたものだったけれど、なぜか、矢代さんが自分自身に言い聞かせているように思えて、仕方なかった。

彼女は笑顔を浮かべて、戻りましょうか、とわたしに声をかけた。頷き返すと、彼女はニッコリ微笑んで、直ぐさま踵を返し、売場へと向かい始めた。

歩き出した彼女の背中を見つめながら、みんな、なにかに傷ついて、それでも必死に生きているんだ、と思った。





…………わたしも、


動かなければ。


歩き始めなければ。


頭では、そう、思うのだけれど、


なぜだろうか。


前へ、一歩踏み出す、その勇気が、まだ、今は足りない気がした。



だって、



尚は、もう、いない。



彼は、わたしではなくて、わたしの知らないどこかの『オンナ』を、選んだのだ。


尚を失った今、わたしはどうやって歩けばいいのか、わからなかった。





わたしは、ぼんやりと立ち尽くしていた。

その、目の前に広がる風景の色が、鮮やかさを失ったように、感じていた。



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