《MUMEI》

泣き止み、落ち着いた少女は、羞恥で頬を朱に染めながら、男から距離を取ってぷいと顔を背けていた。男はそんな少女に苦笑しながら、未だ立ち上がっていなかった老婆に手を差し伸べる。
「先程は申し訳ありませんでした。あのような乱暴な真似を……」
己の知る魔族とはかけ離れた振る舞いに戸惑いつつも、老婆はその手を取って立ち上がる。
「い、いえ、こちらこそ孫がとんだ無礼なことをしてしまいましたし……」
「それは詮無いことです。我々の間にある溝は、あまりに深すぎるのですから」
悲しそうに微笑む男を見て、老婆は何も言えなくなってしまった。男はそんな彼女に再び微笑みかける。
「それでは、俺はこれで。宿を探さねばなりませんから」
軽く会釈すると、背を向けて歩き出す。歩く先には沢山のヒトがいるが、男が向かって来るのを確認するや否や、さっと左右に別れてしまった。その顔には恐れとも遠慮ともつかない微妙な感情が浮かんでいる。ただ、己の知る魔族とはまるで違う振る舞いをするこの男に、誰もが動揺を隠せないことは確かだ。
男はふっと苦笑する。そしてそのまま歩いて行こうとするが、そんな彼を呼び止める者がいた。
「待って!」
驚き振り向いた男が見たのは何やら困惑した様子の、先程の少女だった。男もまた困惑する。これはどういう状況なのかと。二人で頭上にハテナマークを出していると老婆がやって来た。
「泊まるなら私たちの家にして下さいな。なかなか大きいですし、不自由はさせませんよ」
そういうことよね、と老婆は少女に視線を向ける。少女は未だ困惑気味ではあったものの、取り敢えず首を縦に振った。
「い、いえ、さすがにそれは……」
少女は多少回復したものの、男はさらに困惑してしまう。個人の家に厄介になるというのはあまりに迷惑がかかり過ぎる。一日二日なら大したことないかもしれないが、自分は最低一カ月は滞在する予定なのだ。そのくらいでなければ使命が果たせないから。
そもそも自分は魔族だ。問答無用で殺しにかかる程憎い相手だ。それを何故自宅に泊めるなど言えるのだろう。
分からない。

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